第82回 年末年始につき・・・
えーっ2026年がもう初まってる?
毎日が食っちゃ寝えのお正月状態のワンコと私には、しぱらくピンとこなかった。
大晦日にテレビのリモコンが壊れて、除夜の鐘も第九も聞けなかったせいもある。
それを言いわけに、お節のお重詰めもしなかった。わざわざパックやビニールから出して、手垢つけてセンスのないお重を作らなくてもよし!と布団に入った。
正月仕立ての紙トレーに好きな物を好きなだけ盛る「セルフお節」は意外にも息子夫婦に好評だった。パックのあんこを湯に溶いて、息子が初めて作ったぜんざいは、昔、小豆をコトコト炊いたものより美味しかった。時代だねー。
お寺さんへの挨拶もお人が少ない別日に行くことにして…。
息子夫婦に手土産を渡し祖父母の様子だけを見に行ってもらった。
いつもは私も行くのだけど、お嫁ちゃんと台所で立ち話に花を咲かせ過ぎて、足が拘縮して動かなーい。陽がおちて気温がぐっと下がる時間になるといつもこうだ。「お義母さん」と呼んでくれるただ一人の義娘といる楽しい時間ぐらい止まるなよ。足!
今年は「ご迷惑かけますが…」や「大丈夫ですか」のお言葉がけより先に「年末年始につき・・・」という紙を出し、1週間以上休むヘルパー事業所もあった。
契約時の「年末年始も訪問させていただきます」のお言葉はやっぱり営業トークだったんかい(笑)まあ、人も組織も変わるもんねー。去年はがんばっていただけたので今年はゆっくりお休みください。日頃、うちの実家も含めた各家々のお困りごとのお助けに走り回っている姿が想像できるだけに、なにも言えない。
「うちら障害者には障害者であることは年末年始とて休めない」恨み節もぐっと飲みこんでスマイル (*´∇`* ) 年始からはまたお願いね。
人生は取捨選択。限られた時に限られた者に助けてもらって限られたものを得て生きていくよりほかない。ひらう神あらば捨てる神あり。どちらも神様なのだ。
お世話になった時間だけを胸に昨日を振り返り今日を生き明日に臨むしかあるまい。
私が人として生まれ、生きる意味は、人との出会いに感謝すること。
「年末年始につき…」の告知紙のおかげで
「うちでよかったら年末年始だけでも手伝いに行きます」手を挙げてくれた事業所さんもいた。「通り道なんでお顔だけ伺いに」知人が訪問してくれた。「千夏さんもワンコも気になるので…」年末の繰り下げ年始の繰り上げ勤務を事業所に願い出てくれたヘルパーさんもいた。
あけおめ・ことよろ(__)ありがとう
ことしも、それなりに元気でまいりましょう