第3回 悲しみごとも よろこび事も
コロナにびびる私は、今夏、海にも山にも映画館にも行かず、必要な用事以外は家にいた。冷やしすぎると手足がフリーズし痛むので冷房は28度。一人暮らしの利点は部屋の温度を自分都合で設定できること。
夫を見送り、三十路過ぎの息子を払い、少々早めの退職後は自由気ままに…という人生設計も夫の13回忌も棚上げしたままだ。
マイニュースは、まっ白でなくなった炊飯器を息子に譲り、自分のためだけの真っ赤なIH圧力炊飯器を迎えたこと。銀シャリのとりこだ。だからなのか、夏痩せもせず夏風邪もひかず。酷暑を乗り切り、ぽこんとしたおなかになった。
おやおや、おなかの、ぽつんぽつんの小さな湿疹が増えてきたぞー。一昨日から足のかかともズキズキするし、さっき震える手で切った爪からは血がにじんでいる。ここで私は初めて皮膚科を受信する。
「湿疹はダニですね。今年は暑かったでしょ。患者さん多いの。私もソファなんかでね」とルーペを手にドクターは続ける。「それよりもかかとのガラスを取りましょう」えー!?「うん、小さいのがね…。知らない間に入っちゃったかな。はい、うつ伏せになって。カリカリ削るだけで痛くないから」っていたいがな。
「これからは早めにその都度来てね」微笑まないこのドクターから私はいつも温かみを得る。
「安全だと思っていた家が、一番危なかったとは」と珍しくスリッパを履き家にあがる。
「13回忌…」とため息をつく私に写真の夫は年を取らない。
この時期の法要はコロナだから…コロナのため…コロナなのにって。まあ確かにそうなんだけど、うん?
と、首をかしげている間に義父(亡き夫の父)が他界した。私の父も白内障の手術を受けた。義父の訃報に父は「確か同い年(89歳)やったね。決して悪い人じゃなかった」と呟く。そう、義父は孫も彼のやり方でかわいがってくれた。「千夏」って親しげに呼んでくれるようにもなった。
でも、結婚の時には「(そんな姿の)あんたなんか」と言った。夫の癌の転移を知らせた時には「(嫁の)あんたがついていながら」と言ったのも義父だった。誰にも話していないが。
「あんた」と言ったその時・あのときの顔といったら、苦虫を噛み潰したような表情というのはきっとこんなだと思った。憤り、悔しさの矛先には、私がいた。こんな姿やから…嫁やから…なんやねん!!。無言で戦い貫いた夫の隣で「おかしいわ。くそじじい」って一度くらい叫べばよかったかな。
「そんな姿のあんた」が、19年の時間を経て、せっかく「嫁のあんた」に昇格したんだから…。うん?
この世のことはこの世で片付く。あの世に持っていけるものなど何もない。モノや金はもちろん、愛や憎しみ・悲しみや喜びもなに一つだ。ならば、嫁の黒いおなかの中、もう少しお見せしてパトればよかった。
息子だけを横に、二か月遅れの夫の法要を行う。「人間、死んだら無やね」とあの日と同じセリフを吐く息子。13年経って中学教員になったが、まだまだク ソ ガ キ。
「無」やからなんやねん。うん?