第13回 乙女の経験7 そこに愛はあるんかぃ?
就活の手ごたえもなく、「養護学校(障害児支援学校)の先生になる」夢も諦められず教育実習に入った。生徒さんにはすぐ親しまれた。が、ある女子教員からは「勘違いしないでね。実習生だから生徒は慕うのよ。親御さんとの関係・教員との関係、あなたに作れる?仮に教師になれてもひとりでトイレ介護もできない先生というのはどうなんかな・ねぇ○○さん・なになにちゃん」と生徒さんの前でトイレ介護のたびに言われた。
(あのーこれ、私に力があるなしではなくて物理的に一人じゃ無理だと。これって愛ある指導じゃない。いじめ。人間できないこともできることもある。それは障害があろうとなかろうと同じで…。だから。助け合ってやっていくのが仕事場では(・・? しかも、ここはそれを学びあう学校! 私ひょっとしてこの学校で受け入れられてない?)と今ならすぐ気づく。でも、当時、障害女子になりたての私は、トイレでのいじめ(アハハ)も鈍感力と根性で乗り切った
一か月余り、3時間ほどの睡眠で授業案を書き小道具を作り授業に挑み、ギリギリの合格点には苦笑した。「59点で不合格というのもね・・」と加えた校長のひとことも、聞かないふりをした。
「必ず先生になってね。」震える文字が並ぶ手紙だけを宝物に…。何時間いや何日かけて書いてくれたんだろう。私と同じキャラ名(病名ともいう)をもつ3つ年下の彼女。卒業後10年かけて一人暮らしの生活を手に入れた。最初で最後の教え子の知らせに心が躍った。
「普通なら臨時採用もあるし、頑張ってくださいね。と言うのだけど君の場合はね…わかったでしょ」と教頭(だったかな)「わが校には就職なんて該当する子がいなくてね。よかったら来週」と一社の障害者雇用情報をもらった。
それは愛と受け取り面接を受けたが、短大卒の障害女子との一騎打ちに敗れた。
それでも最後の望みをかけて施設のアルバイトをする。ほんと懲りない奴。で、そこで見たものは・・・。
障害女子が男性職員に全身を洗われて?いた!。うっうそやろと目を疑い言葉を失う私に「手伝えないならどけ」男は怒鳴った。「私がやります」なにがおっぱいボヨヨーンやねん。エロおっさん・ざけんなよ!
でも、1人の正義は長く続かない。数日で脊椎分離症の診断とバイト代の数倍の医療費請求がきた。「君のことは一緒にキャンプに行ったという入所者から聞いて…そういうことも変えてくれるかなと期待していたんですが」と所長は残念そうな顔を作った。「そういうこともああいうこともご存知なんですね。それなら‥それを変えるのは私ではなく所長あなたです」と言うのがやっとだった。
あってはならない出来事もいったん恒例化されたら日常になる。そして、その中にいると、性被害も虐待も捻じ曲げられる。被害者も加害者もいなくなる。誰もがおかしいこともおかしいと感じなくなる。恐ろしい。
わが身を守るためにみな見ぬふりをする。おんなじ女が異性介護という名の性暴力を受けていても自分の腰痛回避のため目視する。
福祉女子をきどった てめぇら おんなの風上にも置けやしねぇ。

―花言葉―
白のシクラメン⇒「清純」「綿密な判断」
ピンクのシクラメン⇒「憧れ」「内気」
赤いシクラメン⇒「愛情」「きずな」