第66回 脳は正直
若い頃は、みな生きるのに忙しい。私もそうだった。周りが私をどう見ているかなんて考えてもみなかった。
そもそも、脳性麻痺以外の体で過ごしたことがない。だから「治らない病で気の毒に」「手足がご不自由なのね」と言われたとて、ピンとこなかった。私の脳はずっと、体にいたずらをし続けていたはずなのに…
が、60歳を超えたあたりから、この病の厭らしさをじわじわ感じ始めた。まっ言い方を変えれば、病を気にする余力と時間ができたともいえる。
夫を見送り、仕事をやめ、息子を婿に出し、両親を他人介護に託し終えた今、やっと自分の体に向き合えるようになったのだ。
今年の夏も、暑さが激しかった。そのせいか、妙に息苦しかった。絶えず溺れている感じがしていた。飲食物も喉を通りづらい。うわーなんか嫌な感じ。
「とか言うて、再放送ドラマばっかり見てるし。あんたなー、病院いってきい。私には年一で健康チェックさせるくせに」ワンコに無言の圧を駆けられ、重い腰をやっと上げる。
まずは、5年前、退職の原因にもなった心臓のトラブルが、どうなっているのか。最近、脳性麻痺の友人も心臓持病が悪化したと聞いたのもあり、今回は専門医に丁寧に診ていただいた。
で、「エコーでのブレは少しありますが、これは問題ない範囲です。血液検査も異常はない」
と、あっさり健康体診断を受けてしまった。実は、あの頃もさしてたいしたことはなかった?と、大きな疑問符が沸き立つ。が、まっいいか。
本当は食べ物がきちんと食道に流れているかどうかの嚥下検査もした方がいいのだろう。が、緊張走る病院という空間で、鼻から管を入れながらドクターはじめとする皆様の前で食事を披露する行為。自分の意思と体がばらばらに働く私は、かなりの覚悟を要する。
ここは、息子夫婦に協力を仰ごうと声をかけた。
「おかん、飲みこみがよくないのよ」「うんうん。で、何が食べたい?」スマホ越しの息子の問いかけに「おいしいもん」と即答する私。「わかった。どっか予約入れとく」
お気楽な親子の会話に、ワンコが「わわわわおーん」
「ええねん。にいちゃんたちと美味しい物が食べられへんかったら、嚥下検査にいくわ」
首を傾げるワンコを置いて、息子の運転でお嫁ちゃんの腕を借り、焼肉屋。9時半・最終の客となる。
うわー私、肉食らってるし。ここの上ロースうっまー。カルビクッパなんて、喉元をすべるように入っていく。美味しい物は食べられる!
脳はまこっとに正直なのだ。
けど、健康体で飲みこみが悪くなってきたって、私・・・人より早めにお年寄りになっていくということか!
脳性麻痺って短命と思ってたのに(;’∀’) 健常者同様、長生きのリスクも出てきたってことね。
経済的なことも含めて、これもまた嫌な感じだ。が、ワンコは「あんたはさ、決して理想的な飼い主ではないと、私も、日々の訪問者を通して知りえる。でもさーあたいはここ以外知らんからさ、あんたもあたいも長生き上等じゃん」とすり寄ってくる。
あっ焼き肉のにおいか?