第17回 専業主婦というお仕事 その2
こうして福本千夏になりました
「あんた、ほんまになんにも知らんねんなー。よくもーこれまで生きて来れたもんだ。だんなさんは愛し方を間違えたんや」
専業主婦廃業となり、50歳から意を決して働き始めた私に、働く大先輩たちは首を傾げた。「まさか、置いてかれるなんて思ってなかったし」と、この時はにこにことやり過ごしたのだけど、
今はこんなお歌がある。
♪はあーうっせぇうっせぇうっせーわ 私も大概だけど、どうだっていい。問題はなし?。
きっと面と向かったら、歌えぬが (*´ω`))
〜人の暮らしや愛し方は、100人いれば100通り〜なのだ。
就職も結婚も子育ても「規格外」という社会の視線のもとで、私は今も世間の「なんで?」の対象だ。なんで結婚?なんで出産?なんで大きくなった息子の学費のために働くの?なんでそこに一人で住んでるん?
どれもこれも、私がこの体じゃなかったら出て来ない疑問符。取りつくす暇も気もなく、私は問題なく生きとるが。
私が生きることに手を貸してくれている若者は「もおー聞いてんのに―またスルーですか」と時折むくれる。
ふーん。結婚は…勢いとタイミングかな。私たちの時代は同棲なんていうお試しも、ネット見合いもなかったしね。恋に落ちたお相手と婚姻届を出した。
好きな人と同じ苗字を名乗る憧れと夫婦別姓の思想の間で揺れたのは一瞬。ファミリー型の教職員住宅に入居するには、二人の名前を統一する必要があった。入籍は少し待ってというご親戚の声も、大きく背中を押したかな。私、体も心も天邪鬼でして…。
私が夫の名前に変えたあの時。どちらかがどちらかの籍に入る社会承認型の結婚制度におかしさを感じるより、なんで私がそこからこぼれなきゃいけないのって思った。で、ご入籍!でも、新妻になったあの頃も、抜け毛がたいてい白髪になった今も、ただ一つの願いは変わっちゃいない。「この人と一緒にいたい」だ。もう聞けないが、たぶん、夫もそんな思いを共感し、愛し、ともに戦い、喜び、悲しみ、人生を楽しんだハズ。
ここで「父ちゃんは母ちゃんがこわかっただけちゃうん?」と息子の正しい分析が入りそうだけど( ´∀` )
婚姻届けをたかが紙切れという人もいる。が、この紙切れには、結構大事なものも含まれている。だから、されど紙切れでもあるわけよ。
愛の形にもいろいろあることも少しずつ知られ始めてきた。ドラマや漫画でも主人公になる。その一方で、入籍の対象にならないというチグハグな事実はまだある。好きになった人がたまたまその人だっただけ。
それこそ「なんで」やねん!と思うでー。
同性カップルは、こどもをもうけることができないからやん・特別キャラがある人は、こどもをもうけんとってと、せっこい答え。それを口に出さないルールも、また日本チャチャチャだ。
だから、私は、にっぽんチェチェチェと言うたる。
えっ。千夏さんの場合、チャチャチャもチェチェチェも聞いてる人はわからんよー?
アッハハ。だから、言えるんよ。

オレンジのバラの花言葉―「情熱」「絆」