第61回 お骨の行方
最期の時は、他人と言われる誰かでも見送ってくれる。この国は優しいのだ。
が、お骨は家族と呼ばれるものが拾う。それはこの国の習わしなのだ。何年も会っていない親戚と言われる方が、夫のお骨を目の前でひらっていたもの。あの時のあの違和感は、今も私の脳裏から離れない。
だから、私はお骨拾い希望メンバーを遺言したいくらいなのだけど、出席依頼される方もご迷惑だろうしね。
接触を伴う人との出会いなんてまったくない私。このぶんだとお茶飲み友達もできず、夫と一緒の納骨堂で眠る。まっそれを望んで購入したんだけど。が、これも…おひとり様歴18年。夫と過ごした19年に迫る今はぶっちゃけ…。
コロナ禍での孤独の3年を、濃厚な愛(笑)で埋めてくれたワンコとも一緒のお墓に入りたい気持ちです。
お寺さんに相談してみたところ
「それは仏教界ではできません」とあっさりきっぱり言われましたけれど。
せめて、ひとかけペットのお骨を棺に忍ばせてほしい。そう思っている方もいるはずだ。
これ、猫を飼う、私をお義母さんと呼ぶ彼女なら、わかってくれるかな。
結局はお嫁ちゃんが、仏教界では許されぬ「秘密のお骨ちょいまぜ任務」も託せる唯一の相手かもね。
ならば、お嫁ちゃんを「少しは応援しなきゃ」なんてね。
そんな魂胆見え見えの人間力が低い飼い主をワンコは無言で諭す。
「あのさーちなつぅ。お嫁ちゃんとは距離を保って、うまくやりなよ。あたいは・・この世では、たまたまここで、動きにくいあんたの見張りをしている犬さ。でも、あの世ではどんな暮らしが用意されてるかわからん。野を駆け海を眺め、恋に落ち家族をつくるかも。そこにあんたはおらんわけよ。むしろ要らん。だから、お骨も混ぜて要らんよ。ほんまに寂しがり屋になっちまったな・ちなつぅ」
そういえば、夫の葬儀の時、欲も情も何もかも捨ててあの世に旅立つので、棺には花以外、何も入れないでくださいと言われた。火葬なので完全燃焼されない物はまずいとは、言いにくいのだろう。
私たち夫婦と仲が良かった友人は、違う習わしを心得ていたらしく「福ちゃんに酒の小瓶いれてしもた」と後日青ざめていた(笑)
その昔、土葬の地から小判が出てきたという話もあるくらいだし。それぞれの思いと愛で見送ったらいいとも思う。
だけど、人間、産まれる時も死ぬるときもひとり。なんにも持たずに産声を上げ、すべて手放して逝くのだ。
お骨の行方を気にするなんぞは、まだ生々しい証拠。
納骨堂もお仏壇も元気なうちに託したいなんて思わなくていいのよね。
きちんと生きて死んだら、その後は御縁と思いのある人が手を合わせてくれる。
時が過ぎ、いつか風化してしまっても、きっとそれはそれ。
まずは、この世の今日を大事にいたしましょうか!
いびきのワンコさんよ。行くぜ。あの世でひとり自由に走り回るのもよいが、まずはこの世で一緒に歩いておくれ。