第164回　ひねっても出ない時に

ひねれば水が出る。コックを押すと出る。お湯まで出る。
ありがたいことだ、こんな贅沢はない。台所や風呂場でひねるたび、トイレで押すたび、そう思い、こんな贅沢をしていてよいのだろうか、とガラにもなく謙虚な気持ちになってはいたのです。
それがこのところ、謙虚をとおりこして切羽詰まった心境になっている。我が自治会全体の上水システムに不具合が生じたのだ。

以前にも書いたことだが、50年ほど昔の話。この一角は分譲直後、まだ家屋も2軒しか建っていない時、カイシャが崩壊、シャチョーさんは警察に捕まるわ、集金できない関係業者は土地を差し押さえるわで、「完全管理」の売り文句などふっとんでしまった。そこで買い主有志が大奮闘、現在の自治会を立ち上げて、なんとか住める環境を維持してきたわけ。

市の施設は自治会地に入る直前の道路と橋まで。
ガスはもちろん水道も市からは来ない。
でも、ガスはプロパンで管理ともどもじゅうぶん間に合っているし、水は自治会で掘った深い井戸、水量たっぷり味ばつぐんのがあるから、みんな満足している。

ところがその井戸、このところ具合が悪い。
お宅によってはひどい断水もある。
なじみの職人や業者の協力でメンテナンスもしてきたのだが、なにしろ井戸を掘ったのが50年近く前。タンクほかシステムがくたびれ果てるのも無理ないところなのだ。
立地の高低で被害が違う。ウチは少ない方だけれど、それでもタンクやポンプの完全な修理交換が終わるまで、時に断水に備えて水を貯めなければならないし、また節水にも一段と気を使う。
常日頃、ここはいいねえ、水道がなくなっても横には川が流れているし、いざとなったら山中で用を足せるし、などと笑っていられたのは、ひねれば出る押せば出る水あってのことと思い知った。
現実の断水のなかで想像してみると、川まではトシヨリにはひどく難儀な道である。排泄物だって出せばすむものではない。
どうするか、考え出したら眠れないこともある。

そして被災地の難儀をありありと思わずにはいられなかった。
私の被災体験は、34年前、１９８９年の夏、群発地震に続いて7月13日に伊東沖が噴火した、あの大地震だけ。それも噴火の翌日、東京から駆けつけて家内の惨状を見たのに限られる。それでもじゅうぶんガクゼンとした。
そして今、用水の困難に見舞われて、避難所暮らしを余儀なくされているひとたちの台所風呂便所、家事育児療養の困難がひときわ迫って感じられる。どうせ私のことだから、喉元すぎればケロリだろうが。

しかし政治をあずかるかたたちには、ぜひ心してもらいたいものだ。
たぶん自衛隊を一番ありがたがったのは、その給水を受けたいろんな被災地のひとたちだ、ということを。
そしていまも故郷に戻れない福島原発付近の被災者たちも、ひねれば出るきれいな水さえあれば、すぐにも故郷にもどるに違いない、ということを。

押すと出る

伊豆新聞に連載中　その714（2023年5月17日掲載）

第163回　ありのままに
第162回　「下界」ぶらぶらの巻
第161回　日曜朝の異変
第160回　チエちゃん
第159回　ムツゴロウと益田一
第158回　センセイのこと
第157回　警察発表を読む時
第156回　韓日かたがわり考
第155回　地域色もいいけれど
第154回　メザシと白いごはんさえあれば
第153回　キモチワルイのこと
第152回　げにフツウとは
第151回　「兄弟」か「他人」か
第150回　千里の道もティッシュから
第149回　ちょっと劇場へ
第148回　遊ぶは人間
第147回　矢崎泰久さん逝く
第146回　自然に生き抜く！

〜〜〜2022年〜〜〜

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第144回　ヒミコいわく
第143回　%の魔術
第142回　情報操作とSNS
第141回　スポーツ好きのみなさんへ
第140回　「男社会」いまむかし
第139回　女ならでは
第138回　カードはお持ちで？
第137回　大病院観察記
第136回　ぼくらが子役だったとき
第135回　認定こども園？？
第134回　死のライン
第133回　シェルブールの雨傘
第132回　パパ活選挙制度
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第122回　投票には行こう
第121回　老人と海
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第112回　あとは実行あるのみ！だが・・・
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第108回　コロナに戦争
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第99回　雪がランラン
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〜〜〜2021年〜〜〜

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第96回　なぜにクーポン
第95回　MRを埋め込まれる！
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第7回　「仮釈放」の友
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