第145回　冬の扇風機

でかい扇風機である。これにつぐ大きさのがあと2台、うちにやってきた。
窓を開き、朝の9時から午後5時ごろまで、彼らをフル回転する日が2日、続いた。
ちょうど今季格別の寒さ、2日目などはちらほら風花が舞う塩梅で、その寒いことといったらなかった。
初日は半日、雨だったが、それからは底抜けの晴れ、盛大に働く扇風機の前を走り抜け、庭シゴトに逃げたりして過ごした。
その間に、居間から私の机周り、台所の一部などの壁は、もとのように真っ白になったのだった。

伊豆で暮らすようになって親しくなったものの代表に、カビ=黴がある。
東京では、「カビを拭く」などという作業はしたことが無かった。湿気た気候が続くと、場所によって木の扉の木目なんかに沿って、白いカビが生える、そんなのはここに移住して初めて見た。
年を経るに従ってカビの陣地は広がり、おりおりに拭いても間に合わず、壁にまで進出してきた。塗り壁なので私たちには対処のしようがない。
我慢した。うんと我慢強いので、築ン十年、我慢し続けたのだけれども、今年、そのあまりの汚れについに負けた。

越してきてからずっと世話になっている土建屋さんに相談した。
亡母がウチの全権を握っていた時代から、今、私が世話になっているひとまで、アチラも3代にわたって付き合っている。
すぐに塗装屋さんに相談してくれて、そのひとがまた別の塗装屋さん、カビ対策方面に経験を積む塗装屋さんを紹介してくれた。
おかげで正月を前に、我が家の壁は元の白さになったのだ。
工事に際して、親方が一番気にして検討を重ねたのは、カビ取り効果がある塗料の人体への害だ。自身の経験から終日の作業は「クラクラする」ので、半日ふつか間とし、硬い防毒マスクを私たちのぶんまで用意し、避難を勧め、さらにあの扇風機たちを運び込んだのであった。

それで思い出した。まだ東京のマンションでひとり暮らしだった頃、諸般の事情でリフォームしたことがある。業者はなにかの雑誌で選び、忙しかったので万事、業者任せ。仕上げに文句は無かった。
でも、長い間、きつい匂いがするのには参った。コンクリで密閉された空間だから、毒々しい空気が何日も籠もった。
それからしばらくして私は大腸癌にかかった。無関係ではない気がする。職人たちも大変だったのではなかろうか。
扇風機はもちろん、塗料や接着剤の害についての説明も、業者から一切無かった。
その後、塗料など建築資材の健康被害が問題になって、今は資材会社や施工業者も格段に気をつけているようだ。

それにしても。私はなんと多くの職人に支えられていることか。家屋から電気から水まわりまで、職人たちのおかげで生きていられる。加えて郵便やら食品やらを山中まで配達してくれるひとたち。
総理大臣より彼らのほうが、私にはよほどありがたい。

12月24日の扇風機

伊豆新聞に連載中　その595（2022年12月28日掲載）

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