第35回 このごろの自殺
自殺数の統計を警察庁がとり始めたのは、1978年だという。
やがて、経済大国G7のなかで、日本は最も自殺率が高い、と内外の話題になった。1998年ごろ、自殺は急増して3万件を超え、2003年には統計上最多の3万2109件を記録した。2011年からはなぜか減少しているが、今も世界1らしい。
社会学者の研究によると、こうした変動は必ずしも世の中の景気・不景気や平和・騒乱とは同期していない。最も新しい論(今年5月に青弓社から出版された『新自殺論 自己イメージから読み解く社会学』)をとりまとめた学者によると、自殺数の変動はひとが「体面を失う(フェイス・ロス)」ことと関係しているという。
その本を読んではいないし、難しそうだから読むつもりもないのだけれど、体面を失うことが自殺につながる、というのはわかる。男女で見ると、女の自殺数は男よりいつも少なくて、ほぼ1万人弱で続いている。これは、女には体面を保つ必要のある場が少ない、ということだ。つまり世間の規模が小さいので、体面を失っても打撃が小さい。
対して男には、特に日本の男には、体面を失うことが切腹になる歴史があって、その影響は、われらウーマンリブが男の体面を軽くしたにもかかわらず、まだ残っている。今も男は女よりも広く社会とかかわり、そのぶん体面の、いわば面積も広い。失うと自分が無くなってしまうほど広い。
戦争やコロナ禍などが即自殺増加につながらないのは、みんなでいっしょにひどい目に会っている感じが強くて、自分だけの体面が問題にならないから、ではなかろうか。一部の予想を裏切って、コロナ禍の経済悪化のなかでの自殺数はむしろ減っている。
自殺を避けるという観点からは、ヒキコモリはいいらしい。体面を気にする機会が少ないから。しかし、現代ではインターネットという「世間」があるので、ヒキコモリでも体面が傷つく機会が生まれる。タレントの木村花さんのような自殺は、ネットで体面を傷つけられた結果の代表例だろう。
それにしても今年は芸能人の自殺が多くないですか? と言っても花さんをはじめ、報道が芸能人と言っているから、そうか、と思うだけで、私はよく知らないひとばかり。いや、最近の芸能人について私の知見が狭いだけで、ネットにはその死を悼む声が多い、そんなひとたち。5月の木村花さんに続いて、7月には三浦春馬さん、8月に濱崎麻莉亜さん、9月14日に芦名星さん、そして20日には藤木孝さんの自殺が報じられた。藤木さんだけは幼い頃からTVや舞台を観てよく知っている。
その程度のことであっても、知人の自殺には「フェイス・ロス」だけではないアレコレが思いやられる。統計はあくまで統計であって、自殺にいたったひとりひとりの思いを解明できはしないだろう。
なんにせよ惜しい。晩年の藤木孝は個性的ないい俳優だった。惜しい。
伊豆新聞に連載中 その585 (2020年9月23日掲載)
ヒガンバナの季節
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第31回 LGBTQ+!
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第29回 嬉し恐ろし初体験
第28回 趣味はカネ儲け?
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第26回 ツッパルことが男の……
第25回 連日の雨に
第24回 ひしひしと不確実性の時代
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第22回 トランプ的思い上がり?
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第19回 ステキなステッキ
第18回 みいんなマスク
第17回 ただいま!雑記復活!
第16回 みなさんご無事で!!!
第15回 DT方式?!
第14回 ウイルスと風俗
第13回 私の問題・社会の問題
第12回 ワラビとカンゾウ
第11回 ウイルスまくひとカネまくひと
第10回 新型コロナウイルスお目見え!
第9回 新型コロナウイルスで流行る自粛
第8回 カードの脅迫
第7回 「仮釈放」の友
第6回 子抱き地蔵
第5回 マスクが消えた?!
第4回 確率論的津波評価、なぜ?
第3回 「次世代」なるもの
第2回 道玄坂の日の丸
第1回 新年につきごあいさつをば
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