第130回 利き手の考察
野球音痴の私でも、大谷翔平という野球選手の名は知っている。
翔平イノチ、みたいな友だちが、それもオジサンがとても多い。なかには彼を「孫」と呼んでニヤケるのもいるし、別件でかけてきた電話で、やたらに彼の自慢をするやつもいる。
そんなオジサンのひとりが言うには、「翔平は右で投げて左で打つ、そういう選手はほかにもいるが、そのどちらもすごい威力なのは大谷だけだ、というのも彼は小さい頃左利きだった、母親は右に直そうとシツケをしたが、野球好きの父親は少年野球を作って息子を入れ、野球は左でいい、と言って、左でやらせた、その結果、大谷は日常生活では右利き、野球では両利きの天才選手になったのダ」
オジサンの翔平礼賛はまだまだ続く。退屈しながら聞いていて、ふと疑問が浮かんだ。
そういえば人類の約90%は右利きだというが、なぜそうなったのだろう? 考えてみた。
ざっと言って、人体を動かす脳というものは、左右に分かれる。その右側半分、右脳は人体の左側を司り、左半分の左脳は右側を司る。首のところで左右から出る神経の束が交差しているから、そうなるそうな。
サル類の利き手についての研究は、まだそんなに進んでいないらしいが、その段階では、特に右利きとも左利きとも言えないようだ。とすると、サルから進化した過程のどこかで、人類の大半が右利きになった。
利き手という特色が、人類だけのものとするなら、それには、やはり人類だけのほかの特色が絡んでいる、のではなかろうか?
人類の特色、といえば、複雑な言語を操って物事を伝え合うこと、そして想像力を働かせて空想したり芸術作品を作ったりすることだろう。
興味深いことに、脳医学に言わせると、そのふたつの能力は、左脳と右脳に分かれている。左脳が言語や論理的思考を受け持ち、右脳が想像や直感を受け持っている、という。
してみると人類は、左脳によって言語を活用し論理的に動くことで発展し、それにつれて左脳と右手との連携も強まって右利きが主流になったのではあるまいか?
だとすると、左利きが極端に少数派なのは、右脳が左脳ほど活用されてこなかったため、ということになる。
なるほど、空想は度が過ぎるとビョーキになって治療されてしまうし、どんなに面白いアニメ作家もどんなに素晴らしい芸術家も、それらを言語で伝えたり論理的に扱って儲けたりする人々がたくさんいなければ、生きていけない。人類社会が圧倒的に右利きとなった、これが誘引ではなかろうか?
ああ、なんだか人類とは味気ないものだなあ。
ちなみに私、生まれついての右利きです。若い頃、飲み屋のカウンターで右端の壁際に座った時、箸を使いにくくて往生して、しばらく、左も使えるように自主連したことがある。少しはマシになったけれど、いまだに人類多数派です。
我が左手の芸
伊豆新聞に連載中 その680 (2022年9月7日掲載)
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