第185回　下駄からスニーカーまで

小学生低学年のころだった、と思う。うちに児童劇団の先生がやってきた。
なんの用だったのか知らない。特にナイショの様子はなかったから、訪問の理由を聞いたのに忘れてしまった、あるいは理解できなかったのに違いない。　
先生、といっても今の私からするとごく若いその男性は、いつも劇団で生徒たちを教えたり遊ばせたりしている時とは違って見えた。今にして思えば、彼はいささか緊張していたのだ。生徒の親たちにもてなされながら。

そんな先生に、母が私の絵を見せた。これもなぜだったのか知らない。
画用紙にクレヨンで描いたそれを眺めて、先生が目を丸くしながら感想を述べた。その内容もよくわからなかったので、私はなんということもなく、ただ愛想よく座っていた、そんな気がする。
おほほ、おほほ、と笑っていた母が、後日、父や祖母にしていた自慢話はよく覚えている。
「こんな絵を描くなんて、天才的ですよお、と何遍も言うて、心から感心してはったみたいよ。歩行者を見てこんなふうに描く子は、いませんよ、て」
長じてその子は特に絵の分野に能を発揮せず、それどころか時にその服装などに悪評を受けながら、今日にいたる。

そして時々この話を思い出して、考える。もしかすると私は、ひとの足元に興味のある子どもだったのかも、と。特に群衆のさまざまな足が、さまざまなスカートやズボンをまとい、さまざまな履物を履いて、さまざまに動く。それを見るのが面白かったに違いない。
なぜなら今でも街路やプラットフォームに留まることがあると、ひとびとの足元を見て楽しんでいるからだ。隠居暮らしが身につくにつれて、そんな機会も増えた。
そして近年は、その履物の変化に感じ入る。
わずか70余年でずいぶん変わるものだと。

あの絵は、梅田の街で見た足だから、靴ばかりだったが、地元の町では、老若和装洋装を問わず、下駄が圧倒的だった。子どもも下駄で走りまわり、下駄ばきのおばさんやじいちゃんに追われていた。
最近はもう下駄をはいた子どもなどめったに見かけない。
私も10代半ば以降、すっかり靴に馴染んでいる。母たちも洋服に靴がふつうになった。なんとなく淋しい。

喜ばしい変化もある。いつのころからか、女たちのハイヒールが激減した。近年では老人にスニーカーが流行ってきた。どちらも活動しやすさを重視した結果だろう。特に病院などで見る足元は、老若男女、圧倒的にスニーカーだ。
ジーンズやスニーカーが若者のオシャレになったのは幸いだった。若ぶりたい老人にも、安全で楽な装いだから。いや、今や子どものころから馴染んだ服装をそのまま続けていると、めでたくスニーカー老人になれるのだ。

伝統文化を強いられない国民は、幸いなるかな、である。
タリバン統治下の女の災難を聞くにつけてもそう思う。
下駄を捨て和服をやめ五分刈り頭にしたからといって、逮捕されてはかなわない。

洗面所に朝の光（2023年10月31日撮影）

伊豆新聞に連載中　その735　（2023年10月31日掲載）

第184回　博物館の謝罪
第183回　老人とツナ
第182回　ミミナリはムシ
第181回　モクセイがやってくる
第180回　マイムとヨネヤマ・ママコさん
第179回　ひとなみにコロナ
第178回　あきらめ
第177回　選考の季節
第176回　歯
第175回　原爆が落ちた日
第174回　Mちゃんの悟り
第173回　オオミズアオ
第172回　人生のターニングポイント
第171回　後期高齢突入エンゼツ
第170回　私の番号なんのため？
第169回　誰がために鐘は鳴る！
第168回　友のこと
第167回　今度生まれかわったら　
第166回　「わか見え」反対！
第165回　極楽トンボのゴクラクチョウカ考
第164回　ひねっても出ない時に
第163回　ありのままに
第162回　「下界」ぶらぶらの巻
第161回　日曜朝の異変
第160回　チエちゃん
第159回　ムツゴロウと益田一
第158回　センセイのこと
第157回　警察発表を読む時
第156回　韓日かたがわり考
第155回　地域色もいいけれど
第154回　メザシと白いごはんさえあれば
第153回　キモチワルイのこと
第152回　げにフツウとは
第151回　「兄弟」か「他人」か
第150回　千里の道もティッシュから
第149回　ちょっと劇場へ
第148回　遊ぶは人間
第147回　矢崎泰久さん逝く
第146回　自然に生き抜く！

〜〜〜2022年〜〜〜

第145回　冬の扇風機
第144回　ヒミコいわく
第143回　%の魔術
第142回　情報操作とSNS
第141回　スポーツ好きのみなさんへ
第140回　「男社会」いまむかし
第139回　女ならでは
第138回　カードはお持ちで？
第137回　大病院観察記
第136回　ぼくらが子役だったとき
第135回　認定こども園？？
第134回　死のライン
第133回　シェルブールの雨傘
第132回　パパ活選挙制度
第131回　久々の東京行き
第130回　利き手の考察
第129回　独裁党はデイリがお好き
第128回　深沢七郎ってひと
第127回　言論の自由社？
第126回　やたら暑い日々に
第125回　虫にも事変！
第124回　フォーク路地のコウタローさん
第123回　選挙はアブナイ
第122回　投票には行こう
第121回　老人と海
第120回　業者が作る系少女
第119回　正義があっても
第118回　草刈りをして
第117回　海苔のこと
第116回　若気の馬鹿力
第115回　子たちの集団移動
第114回　コトバの意と心
第113回　野放しの歌
第112回　あとは実行あるのみ！だが・・・
第111回　成人18歳に悩む
第110回　男のなかのオトコ
第109回　自分の場所
第108回　コロナに戦争
第107回　ソラマメの記憶
第106回　しかし3月
第105回　父、大往生す
第104回　開戦前夜のココロ
第103回　蕗味噌私流
第102回　どすこい女相撲
第101回　いらっしゃい、よく来たね
第100回　緊急速報
第99回　雪がランラン
第98回　あけまして！

〜〜〜2021年〜〜〜

第97回　これで一年しめくくり
第96回　なぜにクーポン
第95回　MRを埋め込まれる！
第94回　男はバアサン、女はジイサン
第93回　私らゴチャマゼ人
第92回　シワについて
第91回　ひさびさの死刑廃止論
第90回　ふむ、私は順調に老化している
第89回　男社会のオンナのトク
第88回　宇宙旅行について
第87回　我が投票
第86回　悲喜交交で冬に入る
第85回　ダイアナはたまた貴船菊？
第84回　転んでコケて
第83回　堤防に穴が……
第82回　うつうつ
第81回　だいじな居場所
第80回　どうしてとめられないの？
第79回　ドーデモイイ問題
第78回　入れ墨のココロ
第77回　ダイブツにゴフン？？？
第76回　センタクテキフウフベッセイ
第75回　虚しい「平和の祭典」
第74回　ハワイの狐トウキョウの狐
第73回　怪しい外来語
第72回　貧乏草は野生草
第71回　謙虚な話
第70回　いまごろアニメに親しんで
第69回　ぐるんぐるん
第68回　好きでもないのに
第67回　打たなくていい理由
第66回　アルゴンキン族の月
第65回　芸人の緊急事態宣言
第64回　スカート男子に幸あれ
第63回　マンボウマンボ
第62回　かたわらの話
第61回　古新聞からティッシュまで
第60回　ひとのコトバ
第59回　スイスのステキなシステム
第58回　3月8日の朝に
第57回　花と人間の不思議な関係
第56回　スモモの木の下で
第55回　10年後の余震？？？
第54回　男の会議から女の会議へ
第53回　コロンボがいない国
第52回　足指自由宣言
第51回　ロウバイの日々
第50回　ワルガキ
第49回　おせっかいで団結！
第48回　木星と土星が接近すると
第47回　青空に白く光る
第46回　ガスレンジ新式？！
第45回　薬局の娘が……
第44回　転々流転の姓ながら
第43回　よろしうおたのもうします
第42回　奇っ怪！アメリカ式選挙
第41回　老いてなおハツラツ？！
第40回　どうしてる？労働者諸君！
第39回　ひさびさの博士
第38回　タレント事務所に電話してみた
第37回　コロナと３大統領
第36回　不安なゴマカシ日本語
第35回　このごろの自殺
第34回　元子役の意見
第33回　今こそラジオ体操！
第32回　爺さんは婆さんだった
第31回　LGBTQ＋！
第30回　学歴詐称
第29回　嬉し恐ろし初体験
第28回　趣味はカネ儲け？
第27回　『雨』を歌えば
第26回　ツッパルことが男の……
第25回　連日の雨に
第24回　ひしひしと不確実性の時代
第23回　野球オンチなので
第22回　トランプ的思い上がり？
第21回　ウグイスはなんと鳴く？
第20回　昔「広告屋」今アドマン
第19回　ステキなステッキ
第18回　みいんなマスク
第17回　ただいま！雑記復活！
第16回　みなさんご無事で！！！
第15回　DT方式？！
第14回　ウイルスと風俗
第13回　私の問題・社会の問題
第12回　ワラビとカンゾウ
第11回　ウイルスまくひとカネまくひと
第10回　新型コロナウイルスお目見え！
第9回　新型コロナウイルスで流行る自粛
第8回　カードの脅迫
第7回　「仮釈放」の友
第6回　子抱き地蔵
第5回　マスクが消えた？！
第4回　確率論的津波評価、なぜ？
第3回　「次世代」なるもの
第2回　道玄坂の日の丸　
第1回　新年につきごあいさつをば

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