伊東市在住、おんな組組員・伊豆半島人を名乗る中山千夏さんの、身辺四方八方雑記!
伊豆新聞のシニア・ページに、2009年から毎週一回、連載されている長寿コラムを、同新聞のご協力で、おんな組用にアレンジ。たっぷり転載していきます。
 
 
 

第43回 よろしうおたのもうします

歌舞伎俳優、人間国宝の坂田藤十郎が死去。
報道発表は15日。その三日前、老衰のため、都内の病院で亡くなっていた。88歳だった。妻は女優、のちに自民党の参議院議員、大臣にもなった扇千景……と、そこまでニュースを読んで、ああ、扇雀さんか、扇雀さん、亡くなったのか、と思う。
東宝の舞台で何ヶ月か共演した。私、11歳だったから、60年は昔の話だ。以来、お付き合いはない。特段、派手なところはなく、静かで優しいおにいちゃんだった。記憶にあざやかなのは、おにいちゃんのお父さんだ。
当時、劇作家・菊田一夫の招きで大阪から東京にきていた私と母は、まさかそのまま居続けになるとは知らないで、この芝居『がめつい奴』が終われば大阪に戻るつもりで、のんきに旅館暮らしをしていた。
桃源荘というその宿は、歌舞伎座の裏にあって、関西から出てくる歌舞伎関係者の定宿だった。

ある夜のこと、ステテコ姿の見るからに一杯機嫌のおじさんが、私の部屋にやってきた。ひょいひょい、という感じで襖を開き、後ろから奥さんらしき人が慌てて、「あなた、まあ、そんな」と苦笑するのを尻目に、私ら母子に向かってきっちり手をつき、頭を下げて言った。「扇雀をよろしう、おたのもうします」。
私も驚いたが、そのひとを扇雀さんの父、上方歌舞伎の大御所、中村雁治郎と知っていた母は、腰が抜けるほど驚くやら恐縮するやら。私も、唖然としながら、でも面白く眺めたそのおじさんの笑顔とステテコ姿を、くっきりと覚えている。
その後、扇雀さんは鴈治郎を襲名し、次いで坂田藤十郎を名乗るようになった。でも私には扇雀さんしか馴染みがない。今では、扇雀さんの子、長男が鴈治郎、次男が扇雀なのだそうだ。
歌舞伎役者や落語家などは、こんなふうに名が変わる。やはり昔、東宝の舞台でご一緒した松本幸四郎さん、その息子の市川染五郎さん中村萬之助さんの兄弟は、今、染五郎さんが松本白鸚、萬之助さんが中村吉右衛門となっている。吉右衛門のほうは、「鬼平犯科帳」でなじみがあるが、名前はやっぱり萬之助さんのほうがその人物だという気がする。

だいたい人様の姓名を覚えるのが苦手、出世魚の名でさえ何度暗記を試みてもダメな私には、襲名される芸名は難物だ。それに、他人であっても、その名にはその人との一体感というものがある。だから、出会った時の名が、どうしてもその人だという感じがするのだろう。
あれ? するとご当人はどうなの? 襲名族のかたたちは、そもそも本名と芸名とがあるうえに、時期によっていろいろに呼ばれる。どれが自分に一番しっくりくるのだろう? やはり変わることのない本名かしら?
私は本名も芸名も一本槍。これはこれで、なんだか窮屈なものである。

伊豆新聞に連載中 その593(2020年11月18日掲載)


秋空晴れ渡る 伊東市吉田にて


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第30回 学歴詐称
第29回 嬉し恐ろし初体験
第28回 趣味はカネ儲け?
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第14回 ウイルスと風俗
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第9回 新型コロナウイルスで流行る自粛
第8回 カードの脅迫
第7回 「仮釈放」の友
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第5回 マスクが消えた?!
第4回 確率論的津波評価、なぜ?
第3回 「次世代」なるもの
第2回 道玄坂の日の丸 
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