第33回 わがまま婆さんと意地悪おばさん 後編
(同人誌 季刊「しずく」から転載)
―元旦・実家の玄関―父は犬遣い気取りでカートからワンコのりかを抱き上げ「ばあさん、りか連れてきたぞー」と玄関に進む。
「りか・りか」と目を細める母と部屋に入ろうとしないワンコを複雑な面持ちで私は眺める。
「鳴かへんね。ちょこんとしておとなしい。りかもお節食べるか」って母。「ワンコは食べたらあかんもんがいっぱいあるんよ。お節は開かんとってな。すぐ帰るから」というと「なら、おじやでもしたろか。カニ入れて」と来る。婆ちゃん、あかんて!
この瞬間から、りかとどのタイミングで帰るか、頭の中がいっぱいになる。ソワソワ。お尻もぞもぞ。それを見て母は「ちなつ、おしっこか?」
3時間ほど母とにらめっこして、また暖かくなったら来ることを約束。粗相がないうちに退散した。「りか・楽しかったやろ?お前電車に乗ったんやで」と父はドッグカートからワンコを出そうとする。その時「ワン」と父の手をカプッ。「おっこいつ」と手を放す。
「2・3回会っただけの人に首根っこ掴まれてもね。寒い中知らんところに知らん人に会いに行って楽しかったか?けど噛んだらあかんよ。送ってくれてありがとうや」とワンコを片手で抱く。トイレシートに駆け込み、用を足すりかを見て。「おー賢いなー」と驚く父。
「我慢してたんな。ワンコは賢いよ。わがまま言わんよ。抵抗するには理由があるんや。じいちゃんワンコに触ったことないからしゃーないねん。ちょこちょこ来てもらおう。なっりか」とワンコの頭をなぜる。
元旦以来、父がうちを訪ねてくることはなくなった。ワンワン嫌いになったのかな(笑)
母からは「りか元気か」と時折電話がかかる。「うん、元気。ばあちゃんは」と聞くと
「うんうん。犬か」「ばあちやんよ、ばあちゃん元気なん」と声を振り絞るが届かず「犬か犬やろ…ええっと犬なー」ってどんだけ犬ほしいん?。
「犬はな…じいちゃん飼ってもいいって」ぎょぎょぎょえ―っ
「でもな、犬飼ったらお前が出て行けって言われてん。で、諦めてるふりしてんねん」ぶははははースマホ越しにわがままな婆さんと意地悪なおばさんの笑い声が響きあう。
ところが、母のわがままはそれだけに留まらなかった。「犬が欲しい」は序章だったのだ。
母の白内障の手術から3日目、電話が鳴る。通院も大変だろうからと入院して両目とも一度にする予定だと知らされていた。「えーなんでばあちゃん家におるん?!」まさか入院日を忘れていた?それとも脱院したか?
後日、ヘルパーさんのお声を借りて事の真相を追及する。母は他人の呼びかけにはしっかり受け答えしてしまえる。
「わたくし入院が決まっていたんですが、個室が空いていなくて4人部屋の人のお顔をみた途端、うっとおしいって感じました。それで通院に変えました」おーい。今のご時世、入院できるというありがたい話を…そこの病院はコロナ禍前からなかなか診ていただけないのに。ばばばばあちゃん。連れて帰ってくるじいちゃんもなに考えてるんよ。90歳のゴールデンコンビが下した判断に絶句。
まったくわがままにもほどがある。でもねーわがままをわがままだと気付かずに。父に見守られて寄り添われて暮らす母が羨ましい。私もそうなりたかったもの。
ないものねだりはお互い様よね。母さん。