Vol.20 アメリカ/カルフォルニア その(2)
ナパ・バレー、酔い潰れながらも極上ワインに巡り合う
気ばかりあせる。あまりに巨大なバーゲン会場に到着して動転しているの図、です。
白亜の館から車で15分ほどで到着した2軒目のワイナリーは、ガイド付き園内周遊ツアーみたいなシステムで、30分おきに20〜30人を案内してくれる。ビール工場でやってるようなツアーですよ。若くてかわいい女性ガイドが皆を引き連れて歩く。庭園で、実際に見本として育てられているぶどうの品種を比べ見たり、工場の中の樽やひんやりした貯蔵庫を巡り、いよいよの試飲コーナーがあって、普通のワイングラスに(けっこう大きいじゃない?)たっぷりテイスティング用のワインを注いでくれる。このあとには充実したショップへと続くわけだが、ふんだんに飲ませたのは「酔った勢い」狙いか。3種ほど飲んでみたが、買いたい(買ってパッキングして飛行機で運んでよいしょよいしょと日本へ持って帰りたい)と思うまでのものはない。形のいいワインオープナーなどの小物を買っただけ。もっとあるはずだ!もっと美味しいのが!! この勢いがすでに酔ってるよね。それとも、なんか、高望みしてる?
「そういえば…友だちのボビーがワイナリー買い取ってワイン作ってるんだけど、ちょっと寄って見ようか。まだ行ったことないんだけど」。さりげないクリリーさんの一言だった。そして我々は見事ビンゴを引き当てたっ。
ぶどう畑が広がっていて、傍らに小さな工場と小さなオフィスがある。そのオフィスで、ひとしきりクリリーさんと昔話をしたあとで、その友人はワインを1本開けてグラスに注いでくれた。

あー、あああああああー、な、なんだぁ、おいしー!うれしい!一口でわかった。これが、「買ってぐるぐるにパッキングして飛行機で運んでよいしょよいしょと汗水たらしながらでも日本へ持って帰りたいワイン」である。もっと美味いワインが世界中にあるとしても、私がこれまで飲んだワインの中では最高ということは間違いない。おふるまいの1瓶はあっという間にカラになる。買って帰りたいのですがというと、申し訳なさそうな顔で、売るワインはないんですと言われた。ええーっ!そんなバカな。そこを何とか。買えないなんて、悲しすぎる、惨すぎるじゃあないですか。内気?控えめ?人見知り?これぞと思うものの前には総ての遠慮もプライドも親切丁寧謹厳実直すべてをかなぐり捨てる私であった。ここで暴れられてはという恐れのためか、ウチで飲むのに取っておいたやつがあるかもしれないから見てみましょうとおじさんはオフィスの倉庫を覗き込む。ああ、何とかなるかな。何本欲しいですか?やったー!もうこと私は顔を見合わせ頷く。1本50ドルのワイン。6本いいですか? クリリーさんと孝美さんが驚く。アメリカの普通の家庭なら、この価格のワインは特別な日のためのものになる。デイリィワインなら、この半値から3分の1くらいので十分。しかし。我らは日本から来ておるのです。そして心から美味しいっ!と思えるワインに出会ったのであります。財力さえあればワイナリーごと買いたいぐらいでありますっ。

そこはほんとに小さなワイナリーで、最後に見せてもらった工場も、ワイン作ってますよー的なしゃれたところは一切なく、実用一点張りだった。作ることに集中している。ぶどうの出荷が中心で、ワインは1種類しか作ってない。店頭にも並ばない。年間3千本しか作られない赤ワイン。すべて契約のレストランに出しておしまい。ラベルに書いてはないけどフルボディですな。実に美しい葡萄色をしている。味も香りも、底の見えない井戸のように深ーく、深ーい。コクがある、とはこういったものにだけ使っていい文句だよ。
ボビーさんと何枚も何枚も記念写真を撮って別れた。皆がぴっかぴかの上機嫌で。
その後にも1軒立ち寄った。ついでと言っちゃ何だけど。最近評判のワイナリーであるらしい。パーキングもいっぱいで、館内も人が多く混み合っている。ガイドツアーなどはなく、ばらばらとカウンターに人が並んでテイスティングしている。せっかくだから普通のと最高ランクのを試してみたが、「あれ」には敵わない。ふっふっふ。

外のベンチで一服。もういいや、ってかんじ。ワインと、めぐり会いの興奮と、カルフォルニアの降り注ぐ光の強さに、あたったかな。というより、それ、ただ酔ったってことでしょう。テイスティングというのは、口に含んで味を見てすぐに吐き出すべきであるのに、けっこう飲んじゃったもんなあ。日本に帰ってからじっくり見たベンチに座った自分の写真。酔いと満足と疲れと倦怠にまみれて、これまでにないほどひど〜い顔をしていた。
帰国後、友人たちと集って持ち帰ったワインでパーティをした。乾杯のあと、しばらくは沈黙が座を支配した。これまで飲んできたワインは何だったのか……。それぞれが自分のワイン体験を見つめてしまったかんじ。以後しばらく、その仲間の飲み会ではワインは持ち寄られなかった。
うまいものを知ると、その後の人生は極度に厳しくなる。テキトーなところでの満足はもうどこにもない。