Vol.2 スペイン/バルセロナ

 海辺の観光エリアは別として、ただでさえバルセロナはごみごみした街だ。であるから、サグラダ・ファミリアへ出かけるには、ちょっとした決心が必要だ。鉢巻きをするほどではないけど、襷(タスキ)くらいは用意しといてね、という程度の。なにしろそこは全力の工事現場なのだし。
 初めて行った40年ほど前は「あと200年で完成です」と表示されていた。まあ、このペースじゃあ、そうでしょうねぇと納得するほど見学客もちらほらで、のんびり静かだった。それが近年は突貫工事的スピードと慌ただしさ。尖塔よりもクレーンのほうが元気いっぱいで、やる気を見せびらかしている。

 今世紀に入って「2026に完成予定」と言われていたが、コロナの影響でもう少し先になるとニュースが伝えていた。それにしても150年分の工期が短縮されたのだ。工事技術の進歩も大きいが、何と言っても財源が豊かになったことが一番の理由。今ではバルセロナで一番の観光スポット。ローマ教皇もミサを行ない、教会としてもグレードアップ。ガウディも雲の上から覗き見て、驚いているに違いない。

 その昔は地下に建築や装飾の模型を作る部屋があった。ガラス張りになっていて、建築家や彫刻家(もしくはその助手たち)が白衣で作業している様子を見ることができた。不思議な、奇妙な形の石膏模型がいくつも並んでいた。いいなあ。これが仕事だったら幸せだ。私はイモリのごとくガラスに張り付いてしばらくそこから動けなかった。
 もともと設計図なんてものはなく、ガウディは大型の模型で構想を立てていたけれど、それはスペイン内戦で木っ端みじん。弟子たちが残した資料も消失してしまった。僅かな手がかりを拾い集めて、そこから想定してモデルをつくる作業は、気が遠くなるようなもの。作っては壊し、また作っては改良し、またまた作ってはやり直し…。しかし、それが形になり、実際の教会、それも世界が注目する建築物となっていく。あっちのファサード、こっちのファサード、ずいぶんと雰囲気の違うものの寄せ集めにもなっているが、これもまた趣向。さまざまな建築家、彫刻家の手が入ること自体をガウディも受け入れていた。1882年着工。ガウディ自身がサグラダ・ファミリア2代目の建築家だった。

 まだ出来上がってないんでしょう?見に行ったってしょうがないじゃん。でも、それ、違う。
 途中を見る。なにがしかの献金をして来る。そうすることによって、サグラダ・ファミリアの完成は、ガウディの作品の完成でなく「私の作品」の完成にもなる。誰かから受け継いで、何世代かで完成させる。「置き土産」としてはとてつもないスケール。完成のアカツキには、世界中の多くの人が共に喜ぶだろう。どうだ、たいしたもんじゃないかと、自分のことのように自慢する。
 「あんたがね、まだ小さい時行ったのよ、覚えてる?そのときはまだこっちの4つの塔しか出来てなかったんだよ。その次に行ったときはもう10本は立ってて。すごいねー。150年かけて、やっと出来たんだって。もちろん見にいくさ。でも飛行機乗ってあそこまで行くのは疲れるね。あんた、お母さんの代わりに見てきてよ。いつ出来上がるのかなーって気にしてたけど、最近、すっかり忘れてた。でもずっと誰かが一生懸命やってたんだね。よかったよ、生きてるうちに出来上がって。ほら、そこのワイン抜いてよ。なんかお祝いしたい気分じゃないか」
なーんてね。


 

Vol.1 スペイン/バルセロナーパリ(2021年3月18日)

天鼓プロフィール/アーティスト, パフォーマー, ミュージシャン

1979年女5人のバンド『水玉消防団』で音楽を開始。80年代からバンド活動と並行してヴォイス・パフォーマーとしてニューヨークやヨーロッパで数多くの音楽フェスに招聘される。アルバムは日本・アメリカ・スイス・フランス・香港などでリリース。92〜99年、アーティスト活動を続けながら息子を連れ英国留学。シュタイナー理論による4年間の彫刻(アート)コースやスピーチ&ドラマ、空間認識のムーブメントなどを学ぶ。パフォーマンスや美術分野での制作、ヴォイスや彫塑、ムーブメントのワークショップも多い。すきあらば陶芸、有機大豆での豆腐づくり(売るほど)、写真などを楽しんでいる。

 

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