Vol.19 アメリカ/カルフォルニア その(1)

ナパ・バレーというワイン天国

 ワインについては語るも恐ろしいこの頃だ。味の表現も「アロマティックで凝縮感に溢れた」とか「肉付き良くふくよか(ワイン?)」「格調高く重厚な、黒果実系の濃密で個性的な香り」だの、はっきり言ってうるさいだろー、そーいうのは。味を言葉で表現するって難しいとは思うけどさ。田崎真也という人がソムリエとしては超有名なパイオニアだが、実は、私は彼のウンチクは嫌いではない。ソフトな語り口で、ひけらかすところなくワインを語る。本当にワインが好きで本当にワインを知っている、のじゃなかろうか。隠そうにも押し入れに入りきらないほど知識があり、その溢れるインテリジェンスを押し付けがましくなく語ることができる男は、たいへん魅力的である。話しを聞いているだけで、手触りのいいソファーにだらりんと寝そべっていい気分、みたいな心地がする。それに反して聞き苦しいのは知ったかぶりをするヤツ、自分はワイン通だと能書きを垂れるヤツ、やたら高級ワインを飲んでいることを自慢するヤツらである。ええい、控えおれぃ!

 私はワインのことは何ひとつ知らない。美味いか美味くないかを、その時々の体調と気分で判断するだけのE加減な人間でございますよ。でも、ま、飲むのは好きなんですね、困ったことに。だからちょっと遠くの席から「ナパ・バレーでも行ってみますか?」なんて声が聞こえたら、耳がびくんと反応してしまうのだ。「あ、行きます、行きます!」右手を上げて、倒けつ転びつしながら声がした方へ。王様の耳はダンボ耳、いきなりのアルカイック・スマイル、人格は豹変。ここはアメリカ、意思表明は明確に。やーっぱ来てよかったよね、もうこちゃん。

 そのとき、仕事でもないのにカルフォルニアくんだりまで(くんだり?)出かけてきたのは、息子の高校の卒業式に出席するためである。であるから、卒業式では愛息のスピーチにむせび泣き、精一杯品よくハンケチを振り回しながら先生方やお友だちやそのご家族へのご挨拶も済ませ、パーティでは酔いつぶれるなどもってのほか、笑い過ぎて人を張り倒したりということもせず、何もかも正式に美しく終了したのである(愚息はさぞやほっとしたことだろう)。あと数日は、この余韻と共に、シアワセに過ごしたい。で、ハイホーハイホーと繰り出したナパ・バレー。息子のホームステイ先のクリリーさん孝美さんご夫妻が案内役という至れり尽くせりシチュエーション。

 ここで質問。いくつワイナリーがあるかご存知かな、この半径50キロ圏内のナパ・バレーに。無名有名大小取り混ぜて、ぬわんと400だって!谷のどの位置にあるかによって、ぶどうの品種も変わってくる。ナパ・バレーだけでヨーロッパ全土の品種を網羅できるほどのぶどうが栽培されておるのじゃよ。まったくもってアメリカ人も油断がならんのう。じゃが、1日4軒を廻ったとしても400軒を制覇するには100日はかかる。廻りきらぬうちにアル中になるやもしれんぞ、ぐふふふ。さあて、どうするどうする。殿、やくたいもなきことを仰せになっている場合ですか。先を急ぎましょう、先を。
 いかにもいかにもこれぞ正統なカルフォルニアの青い空の下を90分ほどのドライブ。雲ひとつないワイン日和。
 最初に訪れたのはハイクラスな白亜の館的ワイナリー。白いテラスに陣取り、試飲メニューから選んで5種類ほど飲んでみる。これは有料。ぴっちりしたタイトスカートのフレンチ風のマダムが、小ぶりのワイングラスを乗せたトレイを運んできて、ワインの説明をしてくれる。クリリーさん、孝美さん、もうこ、私の4人で、ボトルの値段表を見ながら飲み比べ。ぶどう畑の緑は鮮やか。わさわさと観光客がいないのもいい。おっとりと構えてしまいそう。いかん。スパークリングでまあまあ美味しいのがあったけど、しかし、ここはまだ1軒目。次行きましょう、次!
(続く)

 

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天鼓プロフィール/アーティスト, パフォーマー, ミュージシャン

1979年女5人のバンド『水玉消防団』で音楽を開始。80年代からバンド活動と並行してヴォイス・パフォーマーとしてニューヨークやヨーロッパで数多くの音楽フェスに招聘される。アルバムは日本・アメリカ・スイス・フランス・香港などでリリース。92〜99年、アーティスト活動を続けながら息子を連れ英国留学。シュタイナー理論による4年間の彫刻(アート)コースやスピーチ&ドラマ、空間認識のムーブメントなどを学ぶ。パフォーマンスや美術分野での制作、ヴォイスや彫塑、ムーブメントのワークショップも多い。すきあらば陶芸、有機大豆での豆腐づくり(売るほど)、写真などを楽しんでいる。

 

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