Vol.12 フランス /パリ ー ルーブルとフロマージュ
コロナの鎖国制度が解禁したら、行きたいのはパリである。おしゃれでかわいくておいしいパリである。どんなカフェでもはずれなく香り立つコーヒーが飲めるし、フツーのそこらのパン屋で買うあのクロワッサンやバゲットがどーしてあんなにうまいんだっ。なんでだよ。
そして、そして、パリにはルーブルがある。
ルーブル美術館は、それだけで「パリについ寄ってしまう」という理由になる。ロンドンには大英博物館があるが、やはりこれはフランスの勝ちで、ギリシャのレリーフやロゼッタストーンには興味は持てても愛を抱ける人は少ない。ミロのヴィーナスやモナリザを持っているほうが吸引力が強いに決まってる。フランス人は賢い。
とは言っても、ルーブル宮のまわりの砂利はどうにかならんのかな。照り返しの強い夏場など、あの砂利道を歩いて広場に辿り着くことを考えるとちょっとうんざりする。思えば北京の紫禁城やロンドンのバッキンガム宮殿もやたらだだっ広く、植樹などされていない。たくさんの人が入れるように? 不埒な者が侵入して来ても隠れるところがないように? どんな訳かは存じませんが、ルーブルに関して言えば砂利の粒が大きすぎるぞ。歩いて疲れるし、踏み歩くときの音がいやだ。さあ今からルーブル美術館で過ごすのよー!という盛り上がりを阻害する。
と、文句を言いつつも ガラスのピラミッドを見ながらエスカレーターを下って入場すれば、すっかり機嫌も直るのだ。きょうはどっち行こうかなー。あまりにも膨大なコレクションを、隅から隅まで見ることなんて不可能だし、疲れて作品を見るなんて馬鹿げている。いつもまずニケに挨拶してから、気分によってラファエロの秘密を解き明かそうと試みたり、ミケランジェロのまわりをぐるぐるまわったりする。だいたい1時間半。それで充分満腹状態。また踊り場のニケを見てからさっさと退場する。
ニケ像はいつでも人気者だ。片足を踏み出した立ち姿の凛々しさと、翼の、優雅にして伸びやかであること。大きな像だから、見ているだけで気分が高揚する。深い呼吸ができる。そして多分、ここまで人を惹き付けるのはニケに顔がないからだ。ときどき想像してみるけれど、あそこにアルカイックスマイルの顔なんか付いていたら、興ざめ以外の何ものでもない。欠けているというのは、ときに大切なことである。ミロの片手は10本でも20本でも出土されたっていいから、ニケの頭は未来永劫出て来てほしくないと願っている。
さて、ルーブルがあるからパリではあるが、時には寄り道でもパリを訪れるのは他にもいくつか理由がある。仲良しのwooがいること、美味しいものがそろったデリが並ぶ巴里っ子たちの集る通りがいくつもあること、座っているだけでマンウォッチングが存分にできるカフェがたくさんあること、ポンピドゥーセンターの脇に再現されたルーマニア人の彫刻家ブランクージのパリのアトリエが長年公開されていること、そして北駅近くのマルシェ(市場)に馴染みの(と呼ぶにはあまりにたまーにしか行けないが)はずれのないチーズ屋があることなど。
帰国の前日には必ずそのマルシェに寄って、チーズ(フロマージュ)を買い込む。中年の夫婦がやっていた品揃えのいい店は、10年ほど前によく似た顔をした(おそらく兄弟。もしかして双子?)ふたりのギャルソンの店に変わった。彼らは頼もしく良い体格をしており、ほっぺはピンクだ。本人たち自身がとってもおいしそーに見える。いいチーズがあるのは以前と同じで、兄弟ギャルソンはどちらも感じが良く、そこそこに英語もできるので、尋ねればいろんなことを教えてくれもする。
農業国フランスである。食品自給率200%!フランスのチーズは400種もあると言われているが、最近その店で買った愁眉のチーズはTrappe Echourgancというスモークチーズ。うまい。スモークといっても煙臭くなく、味に奥行きがある。過ぎて来た時代、見つめてきた風景、様々な人生の味がする。wooちゃんのフランス人の夫がご推薦のチーズ。高いからさ、フランス人でも誕生日だとか特別な時しか食べないよー、ということだった。奮発して、ふたつ買ってひとつは誰かにお土産にあげようと思っていたのに、結局ふたつとも自分で食べちまった。ごめんなさいごめんなさい、許してください。へへ。そのチーズのために、来年はフランスの仕事を入れようと固く決意している。