伊豆新聞に掲載された過去の記事からピックアップしたものです。
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その7 ♪あなたの心に♪
(2009年3月18日 伊豆新聞に掲載)

子役の時から、次々とすることがあったからだろうか。自ら進んで新境地を開く、ということはない。その力もない。やりたいことはいろいろある。そこへ誰かが、やりませんか、と誘う。するとまず十中八、九は乗る。そうやってきた結果が、自分でもまとまりつかないような経歴になった。
執筆もそんなふうにして始めた。歌手デビュー、つまり歌を吹き込んで出版したのも、そんな経緯だった。(出版といってもCDではないぞよ、お若い方。昔はレコードというものだったんじゃ)。そうやって出た曲「あなたの心に」は大ヒットした。それはそれなりに嬉しかったが、おかげでいっそう多忙になり、人目がうるさく窮屈になったのにはめげた。社会に目が向き、テレビやタレントに疑問を抱き始めていたし、悩み多き時期だったこともあって、あの日々、私は鬱々として楽しまなかった。人生のなかで、最も戻りたくないのがあの時代だ。

それが変わった。長生きしたおかげで。まさか、戻りたいとは思わないが、あの時代もあってよかったな、と思うようになった。
五十を過ぎてからだろう。あちこちで、あの曲を懐かしむひとたちと出会うようになったのだ。
「ほら、あれ、千夏さんの歌、流行りましたね、好きだったですよ、どんな歌でしたっけ」という程度のひとももちろんあるが、なかには「あの歌はぼくの青春でした」「苦しい時はあの歌を口ずさんで、助けられました」「あれは私の心の歌です。今もカラオケでよく歌います」などと、目を輝かせたり、うっすら涙を浮かべたりして言うひとびとも、少なくない。

何度かそれを経験するうちに、そうか、そんなことがあったのか、それなら歌っておいてよかったなあ、と私は思った。あの曲のどこにそんな力があるのか、いまだに私には謎だが、とにかくそれが多くのひとの心に、感動や励ましをもたらしたのなら、あの時代の私の憂鬱も、少しは晴れる気がする。
きっとベテランのヒット歌手たちはこういう経験をたくさんしていて、これぞヒット歌手の醍醐味なのに違いない。たった一曲しかヒットはないのに、私はその醍醐味を味わう幸運に恵まれた。
それも長生きのおかげ。ひとびとが人生を振り返るほどの年齢になり、その一点を彩る私の歌を思い出す、それまでの時間をえんえんと生きてきたからこそ、そのひとびとの感動と私は出会えた。
それに、あの歌を作るのにかかわったひとたちも・・・それは次回のお楽しみっ。

その6 プレシルクラブ
その5 仲間はいいな
その4 決行!伊豆急全線ウォーク
その3 カワヅザクラのこと
その2 こうして伊豆半島人になった

その1 ただいま雑記を始めます

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