心なごみませ  第26回

「記憶」

山元加津子(在日石川人)

 記憶・・・。気持ちがこのごろ、人の記憶についてよく考えます。はるちゃんは、突然、「歯医者さん痛かった・・・」とか「マルエーのチョコチップスほしかった」とさめざめと泣くことがあります。歯医者さんに通っていたのは、もう半年以上も前のことだし、マルエーのチョコチップスは、2年も3年も前のことだということです。でも、まるでそのときの記憶が薄れることなく残っているように、ときにははげしく泣いて、動くこともできなくなったりもします。前に一緒にいたゆうちゃんは「ピンクの毛布ちくちくしていやだった」と乳母車の中で使っていた毛布の話をして、気持ちが落ち着かなくなったことがありました。私に話してくれたとき、ゆうちゃんは高校生でした。お母さんは、確かに小さいときにうばぐるまで使っていたのは、おねえちゃんのおさがりで、ピンクだったとおっしゃっておられました。
 誰もが記憶の引き出しを持っていて、けれど、記憶の引き出しは次々と、新しいものがはいってくるからか、どんどん、その記憶は薄れていくことが多いです。でも、はるちゃんやゆうちゃんは、あることについて、決して忘れないみたい・・・ときどき、急に笑ってとまらなくなるくらい楽しそうなこともあるから、きっと悲しい記憶だけではないと思うけれど、悲しかったりつらいことを忘れられないのはつらいだろうなあと思います。そう思いながらも、人の記憶の引き出しはすごいなあと思います。ペルーに20年以上も住んでいる坂根さんが、日本に帰ってきて、京都の道が、すごくくわしくて、私たちは阪根さんに道を聞いていたということもありました。そうかと思うと、ある人は確かにあった、とてもつらいことを、本当にすっかりすっかり忘れてしまっていて、その一年間の記憶がすっぽり抜けているというような人も知っています。人間には、自分の心を守ろうとする力があるのかもしれないとも思いました。