第60回「夏の思い出」

山元加津子(在日石川人)

 まだまだ暑い毎日ですが、お盆がすぎれば、秋の風が服でしょうか? 楽しかった夏の思い出は、記憶となって、そこへ立ち返るたびに、幸せな気持ちを連れてきてくれるような気がします。
 子ども達も、夏休みの最後の登校日に、学校に来るなり、話したいことがあふれるようにたくさんあって、飛びつくようにそばにきてくれて、いろんなことを話しかけてくれました。
 私も楽しい思い出をたくさん持っています。忙しかった父と母ですが、夏休みになるごとに、旅行へ連れて行ってくれました。

 楽しかった思い出の中には切ない思い出もあります。ちょうど夏に行われるお祭りを目指してでかけたときのことです。食卓に並んだサザエや魚などの海の幸に声をあげ、夜には海辺の民宿から、すぐ目の前でしゅるしゅると空へ登っていく大きな花火を観ました。夜店もたくさん並んでいて、父の浴衣の袖につながるようにして、夜店をのぞきました。その中に、ピンクや水色やオレンジ色など色鮮やかなひよこが、ぴいぴいと可愛い鳴き声をあげていました。

 夜店などではいつも父と母は何かひとつ必ず私と妹に買ってくれていました。どれがいいかなあと迷っていた私ですが、ひよこを観てすぐに、ピンクのひよこを指さし「私、あれにする」と言いました。けれど、驚いたことに父と母は首を決して縦には振りませんでした。「まだ、明日もあさっても旅をしていくんだよ。ひよこを連れて歩くわけにはいなかいよ。ひよこはおもちゃじゃないんだよ。それに、あの色は、ひよこの本当の色じゃない。つけられた色だ。きっと弱ってしまうだろうなあ」欲しい欲しいといつもなら、だだをこねそうだったけれど、父と母の何かきっぱりとした言い方に私はそれ以上、何も言えませんでした。布団に入りながら、やっぱりあのひよこを手のひらでずっと抱いていたかったなあと思いました。そして、朝になり、いつものように、朝の散歩に出かけました。昨日のお祭りのあとのゴミの山が街の片隅に捨てられていました。そこで、私は小さなぴいぴいという鳴き声を聞いたのです。「待って」とゴミ山にかけつけ、段ボールをめくったときに、そこには、たくさんの売れ残りのひよこたちがゴミと一緒に捨てられていたのです。私はずいぶん泣きました。「連れて行っていい?死んじゃうよ」という私に、父は「ひどいことをするものだなあ」と言いながら、それでも、首を縦に振ってはくれませんでした。「しかたがないな。こんなにたくさんのひよこを連れ帰っても、我々には何もできない」
 まだ小学校に上がる前の夏のことを、私は今も時々思い出します。