第55回「雪絵ちゃんの願い(3)」

山元加津子(在日石川人)

 雪絵ちゃんのお話の続きです。

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 三年か四年くらい前の夏でしたけれど、雪絵ちゃんがある日ね、「かっこちゃん、私疲れちゃった。らくになりたくなった」って言ったんです。

 らくになりたいって死にたいってことかなってちょっと思ったけど、そんなこと私、言えないしね、だってそのときの雪絵ちゃんは、もう指一本、動かすことができない状態になっていたんですね。おしゃべりすることはできたけど、指一本動かない、どんなにつらいことかわかっていたので、どうしよう、なんて答えようと思っていたのです。
 
 雪絵ちゃんは、「あ、かっこちゃんはまさか私が死にたいとでも思ったと思った?そんなこと、思うはずないでしょ?」って言いました。
「よかった」って思ったんですけど、雪絵ちゃんが、「私ね、やっぱりね、どこも動けないとやっぱり疲れちゃうんだよね。暑いから扇風機つけてほしいなあと思っても、人に頼まなくちゃいけないし、身体が冷えてきたから、扇風機止めてほしいと思っても、人をね、呼び止めて頼まないといけないし、それに、動かないけど、痛むし、それに動かないけど、かゆくなったりもするんだよねって。だから、元気になりたいから、なんか元気になる話をして」と言いました。

 私は「まかしといて」って言って、そのときに、こんな話をしたんです。

 私はそのときに、ああ、こんなことがあるんだと思って、すごくうれしかったテレビの話なんですけどね、みなさんにもさせていただいたいと思うんです。

 NHKの人体。っていう番組がね、昔あったんです。みなさんご存知でしょうかね、遺伝子というね、そういうものを扱った番組だったんですね。私はその番組がすごく好きだったんですけど、その中であの、わあ、うれしいと思ったことがあったんです。

 どんなことかと言うと、アフリカのある村で、マラリアが大発生するですね、マラリアって、けっこう、怖い病気で、どんどんどんどんその村の人がね、死んでしまうんです。どんどんどんどん死んで、その村が絶滅してしまうんじゃないかってそう思ったのに、絶滅しなかったんです。
 なぜかというと、マラリアにかからない人がいるということがわかったんです。で、いったいどんな人がかからないんだろうなって思って、お医者さんとか、科学者の人が血を採って調べたんですね。そうしたら、あることがわかったんです。私たちの多くの人たちの赤血球は、ハンバーグをつぶしたような形をしているんですね。
 けれども、お月さまみたいな鎌状赤血球って言うんですけど、草を刈る鎌みたいな形をしている鎌状の赤血球を持っている人はマラリアにかからないということがわかったんだそうです。
 それで、さらにお医者さんは、鎌状赤血球を持っている人の兄弟を調べられたんだそうです。で、鎌状赤血球を持っている人の兄弟に、集まってくださいと言って、その村の人に集まってもらって、その人たちの血液を調べたんですね。あ、血液は鎌状だった。ごめんなさい。とにかく、集まってくださいと言ったときに、鎌状赤血球を持っている兄弟のうちの1/4の人は、鎌状赤血球を持っていて、障害も持っているということがわかったんだそうです。
 そして、鎌状赤血球を持っている兄弟の人の2/4の人、この人たちは、鎌状赤血球を持っていて障害はないということがわかったんだそうです。そして残りの1/4の人は、えっと鎌状赤血球も持っていない。障害もないということが分かったんですね。で、マラリアがばーっと大発生したときに、この人は鎌状赤血球を持っていないので亡くなってしまいます。で、生き残るのは、この3/4の人なんですね。

 で、人体。という番組は、柳澤桂子さんとか、それから立花隆さんとか、養老孟司さんとか、科学者の人がたくさん出ておられる科学番組なんですけどね、その人達が、こんなふうにおっしゃいました。
「この村を救ったのは、この鎌状赤血球を持っていて、障害のない2/4の人たちである。けれども、この2/4の人が、ここに存在するためには、この1/4の障害を持っている人たちが、存在しなければ、この2/4の人たちは決してここに存在しないのだ。
 たとえば、障害を持っている人はいらないんだと思って切り捨てていっていたら、けっして、この2/4の人たちは生まれていなかっただろう」っておっしゃるんですね。「しいていえば、この村を救ったのは、この1/4の障害を持った人である」とそんなふうに人体。では言っていました。

 そして、次の回で、今度はエイズの話をしていました。今、世界は、エイズという病気のために、人類は絶滅の危機にあるんだそうですね。日本ではあんまりわからないけれど、本当に絶滅の危機にあるんだそうです。けれども、「絶滅はしないでしょう」と番組では言っていました。なぜならば、エイズにかからない人がいるということがわかったからです。

 アメリカのある一人の男の人がいました。その男の人は、女の人を好きになるんじゃなくて、男の人が好きになっておられる方だったんですけど、恋人がエイズで亡くなっているから、自分もエイズにかかっているのだろうと思っていたんですね。ところが、エイズにならない、おかしいなと思って、病院に行って、調べられたら、あることがわかったんだそうです。

 それはどんなことかというと、今から七00年前、スペインのある村で、ペストが大流行したんですね。で、その病気で、みんな、どんどんどんどん死んじゃうんですけど、村人の何人かだけが生き残ったんだそうです。その何人かは七00年の間に、だんだんだんだんと人数が増えて、たくさんの人数になったんですね。この人達はエイズにはかからないということがわかったんだそうです。

 それで、人体。では、すごく不思議なことを言っているんですね。もし、百年とか、二百年後とかで、エイズが発生していたら、人類は滅んでいたでしょう。それでは、人類を救うだけの数に、子孫の数が足りないんだそうです。三百年でも四百年でもだめなんだそうです。ちょうど地球を救うだけの数になるのには、七百年かかるんだそうです。
 まるで七百年後にエイズが大流行することを、知っていたかのように、七百年前にスペインで病気が発生している…そんな不思議なことを言っていました。

 そして、その番組で、こんなふうに柳澤桂子さんが言っておられます。「私たちが今、元気に明日に向かって歩いていくことができるのは、過去に、病気や障害を持って、苦しい生活を送ってくれた人がいるおかげである。もしその人がいなかったら、私たちは今、ここにいないでしょう。
 今、私たちの世界にも、あの、生きているこの社会にも、障害や病気を背負っている人はたくさんおられます。その人達は、私たちが、未来の私たちの子孫のためにも、支えていかなければならない、大切な人たちなのです」とそんなふうに人体。という科学番組では言っていました。私はそれがすごくうれしかったので、雪絵ちゃんにそのことを伝えたら、雪絵ちゃんもそのことをすごく喜んでくれました。

「私たちだけが知っていたらもったいないね。たくさんの人が知っていてくれたらいいね」と雪絵ちゃんは言いました。

それが八月でした。