心なごみませ  第12回

「いい人」

山元加津子(在日石川人)

 世の中にいい人ってどうしてこんなにたくさんいるんだろうってしみじみ思った日のことを書きます。
 その日は京都のお寺にお勤めの方のグループに呼んでいただいていました。2時間くらいお話させていただいたのですが、私の下手なお話をみなさん本当に一所懸命聞いて下さって、私は自分の心が講演会の会場のお部屋いっぱいに広がっているようでうれしくて、感動的な気持ちになったりしてたいのです。
 お話が終わった後、聞いて下さった方とのお食事会の後、その日の会のお世話をしてくださった方が駅まで送ってくださいました。駅の前までで「もう大丈夫です」と言う私に、その方は「駅までおくるだけでは、違う列車に乗って、とんでもないところへ行くということもあり得るから、電車にちゃんと乗るまで見届けますよ」とホームまでついてきて下さいました。私はとんでもないくらいおっちょこちょいなので、そんなときにまで迷惑をかけてしまうのでした。
 ホームにたって列車を待っている間に、その方は急にまじめな顔をして「実は・・」とお話を始められました。
「僕は本当は坊主にはなりたくなかったんですよ。親父が坊主ということだけで、小さい頃から自分の人生が決められてしまうということがどうにも嫌でした。それなのに、高校も大学も自分の気持ちとは反対に、坊主になるために敷かれた路線通りのところに入学しなければならなかったのです。大学を卒業して6年になりますが、そういう心で今、坊主の仕事をしていても、いつもいつも自分に嘘をついているような気持ちから抜けだすことができないんですよ。偉そうに人前で講話なんかをして、自分はなんなんだと思うと、もう坊主仲間全部が嫌でたまらなくなる」私はその方のお話を聞いて、あ、私だってそうだと思いました。「私だって、私みたいなものが、みなさんの前でお話をしてる。今日だって私のお話で2時間も聞いて下さって、それもあんなに熱心に聞いて下さってそれでよかったのでしょうか」あわてて私が言うと、その方は「違うんですよ。山元さんは違う。立っている位置が違う。僕らは高いところにたって話をする。だから説教って言うでしょう」と言われました。そしてとうとうその方は泣き出されてしまったのです。私はふたりでホームでたっていて、その方が突然涙をいっぱいいっぱい流されて話を続けられたので、どうしたらいいのかわからなくなりました。(子供たちが教えてくれたことはすごく素敵でも、私みたいなもののお話をみなさんあんなに一所懸命聞いてくださったんだ。でも私、全然、そんなことしていいのかなんて考えていなかった。位置のお話をしてくださったけど、私はどんなふうなのかしら)と気がついたら、私もすごく悲しくなりました。そしてその方はとてもいい人だから、ずっとこんなに真剣に悩んで、今も涙をこんなに流してるんだって思いました。それからあんな下手なお話を一所懸命聞いてくださったたくさんの方もみなさんなんていい人なのかしらと思って、ホームでふたりでわんわん泣いてしまっていたのでした。そのとき、発車のベルがなりました。あわてて電車に乗って、ずっとその方が手を振ってくださるので、私も座ってからも泣きながらずっと振っていたのです。完全に駅から離れて、はっと気がつくと、通路をはさんだ向こう側の人もその後ろの人も私のことを見ておられるのに気がつきました。もしかしたら、私たち、何かすごく悲劇的な別れを今したみたいに思われてしまったのかなってそのとき初めて思ったのです。ずっとずっと仲良しの友達とか、兄弟とか、恋人とかの別れのシーンみたいだったんじゃないかなって・・・・私たち5時間くらい前に初めてあったばかりで、そんなふうな別れではなくて・・・・なんてそこで説明できるわけでもないので、なんだかばつが悪かったのでした。お寺のお坊さんもホームで今の私と同じかなと心配になったけど、電車が出てしまったら、そこにはもうその光景を見ていた人はあんまりいないから大丈夫かなと思いました。ぼんやりそんなことを考えていたら、アイスクリームや駅弁やコーヒーを売っておられる人が通っていかれて、隣の座席の人が何か買われたようでした。

 そして本当にびっくりしたことに、隣のその方が「あの、アイスクリームとサンドイッチでも、食べて元気を出して」って私に言われて、さっき買われたアイスクリームとサンドイッチを私の方へ差し出されたのです。(ああ、やっぱりさっきの光景が、大好きで大好きでたまらない人ともう一生会えなくなるときのように見えたんだ)って思いました。ぜんぜんそうじゃないのに、いただいてしまったらまるでその方をだましているみたいって思ったのに、言えなくて「でもいただいていいのでしょうか?」とやっと言いました。そしたらその方が「ちょっと買いすぎちゃったから」って言われたのです。そんなはずがないと思いました。今すぐ食べるようなアイスクリームとサンドイッチを二つずつ買って、すぐ下さったのに買いすぎたはずがない、きっと隣で泣いてる人をなんとかなぐさめたいってそう思って買って下さったのに違いないのです。もしかしたら、それほどその方はアイスクリームやサンドイッチを欲しいと思っておられなかったかもしれないのに、本当にみんなみんななんて優しくて、いい人ばかりなんだろうって思ったら、もうすっかり引っ込んでいた涙がまた出てきそうになりました。でもね、ここで泣いたら、そんなに悲しい別れってまた思われちゃうとがまんしたのでした。
 その方は福井の方で、大学のお休みで帰省するのだと教えて下さいました。そして降り際に「悲しいことはあるだろうけど、本当に元気を出してがんばって下さいよ」って言われて、私は素直に「ありがとうございます」って言えました。(あれは悲しい別れってわけじゃなかったけど、どちらかというと素敵な出会いだったのだけど、でも言ってくださったように、私、元気で、これからもがんばろう。いい人いっぱいの素敵なこの世の中で私は元気でがんばって生きていくのだ)って思えたからなのです。
それで、みーーんなにありがとうって思っています。