あのすば・・・・ 第5回

「競争力」か「伝統文化」か――わけわからない教育基本法改正案

田中優子(在日横浜人)

 「あのすば」4回分を読み直していたら、最初の2回が「ですます体」で、あとの2回が「である体」であることに気付いた。心境としてはこうだ。どんなことを書いても「柔らかく」見えるように、また、どんなことを書いても平静な気持ちでいられるように、この連載を「ですます体」で書こうと思った(ということを、思い出した)。しかし書いているうちに次第に平静さを失ってきて、そういうわけにいかなくなった。やはりこのごろの私には、「ですます体」が似合わない。ふだんあまり怒らないタイプなのだが、ちかごろは、さまざまな場所で怒りがこみ上げてくるからだ。

 たとえば、私が勤めている大学では「総長」が大学のトップなのだが、これが理事会によってなくされようとしている。総長とは、経営者側の理事長と、研究教育側の学長とが、ひとりの人間の中で一体になっているという存在で、どちらかというと学問教育が経営に引きずられないよう、学長機能が優先されてきた。その学長機能は、学部長会議の意見を集約しながら動いている。

 しかし理事会はこの二つの機能を分離し、理事会主導型の大学にすることを、今週(11月初旬)にも決めようとしている。分離することと、教員職員による直接選挙制度をなくすことをたくらんでいるのだ。こうすることで理事会は学部の意見(教員の意見)を聞くことなく、経営を念頭に置いた人事を実行することができるようになる。その理事会の動きを左右しているのは、実業界の経営者たちが多く含まれている評議委員会である。3月から署名運動や反対集会などを重ね、過半数がこの動きに反対しているのだが、どこ吹く風である。

 私は、自分の職場の愚痴を言いたいがためにこれを書いているのではない。じつはこの動き、「教育基本法改正」と密接な関係がある、とにらんでいるのだ。教育基本法政府案には、今までにない条項が加わっている。「幼児教育」「大学」「私立学校」「生涯教育」「学校、家庭及び地域住民等相互の連携協力」である。本来、国があーだこーだと言うはずのなかった範囲が含まれている。「教育振興基本計画」も加わった。これらが一体となって、経済面での競争力を身につけた学校を称揚し、そうでない学校を衰退させる、という方針ができあがっている。大学は生き残りをかけて「経営主導型」に走り、それに合った人事を推進するだろう。そこでは「古典文学」や「古典文化」はまっさきに切り捨てられる。

 そこがなんとも不思議なことなのである。改正案には周知のように「伝統を継承し」とか「伝統と文化を尊重し、それらをはぐくんできた我が国と郷土を愛する」という文言が加わっている。こちらを立てるなら、それは必ずしも市場経済の競争に勝てるようなものではない。伝統文化というものはお金と縁のないもので、だから支援がなければ消え去るのである。学校教育はこの十年ほどのあいだに古典をどんどん切り捨ててきた。「社会の発展に寄与する」ように、と書かれている「大学」条項は、日本古典文学・伝統文化の研究者・教師たちを優遇するであろうか?

 どう考えてもそうは思えない。古典文学や伝統文化が「社会の発展に寄与する」と考える人は、今の世にほとんどいないであろう。この場合の「発展」とは、市場で勝つことだからだ。現実に「受験生が減る=受験料収入とブランド力が減る」という理由で、今ではほとんどの私立大学の日本文学科以外の学科では、古典と漢文の出題をとりやめているのである。文部科学省の覚えめでたいようにと、改正後の大学は出題に古典を復活するであろうか? そんなことをしたら、競争には勝てない。「競争に勝つこと」か、「伝統文化を大切にして国を愛すること」か、いったいどっちなんだい? じつは改正案は、そのような矛盾をあちこちに抱えているのである。

 いくつもの高校で必修科目が履修されていないことが、明らかになってきた。私はそのことより「なぜ今、そういう調査を?」ということが気になった。これも改正案がらみであろう。「踏み絵」を用意したのではないか? 「あなたたち、文部科学省の言うこときかないの?」というわけだ。結果として「寛大なお許し」が出て、高校の校長たちは喜びのあまりむせび泣いた。これで弱みを握られた。これ以上逆らうことをしたらどうなるか、恐怖が走ったことだろう。忠誠心はがっちり押さえた。

 忠誠心の最初の証として、足立区教育委員会は、学力テストの成績で補助金の金額を変えることにしたそうだ。エライ。文部科学省のポチ! 「成績=かね」こそ、改正案の中心だからである。ならば「生徒たちが愛国心のかなめである古典文学の知識をつければ補助金増やします」という教育委員会は出てこないものだろうか? いやいや出てきそうもない。

 ならばここで言う「伝統文化」って何のことだろう? 専門家の私にはますますわからない。「政府の言う伝統文化って司馬遼太郎の小説のことだそうだよ」と誰かが言った。ウッソー!

日本の伝統のひとつ「一揆」(『カムイ伝』より)
http://kamui.shogakukan.co.jp/kamui/original.html にて、
著者は『カムイ伝』による江戸論を連載中。