33回  野菜が壊れる・土が壊れる

田中優子(在日横浜人)

定額給付金の次は高速道路料金の値下げですって! しかもトラックやバスは値下げにならない。つまり流通業者には何の救済にもならないどころか、道路が混んで困るだけ。それも、ETCを搭載している車が2年間だけ受ける恩恵である。麻生と国土交通省と、その天下り先のETC業者が、私たちの税金を使って得をするだけだ。これは日本の景気回復策ではなく、特定利権集団の景気回復策である。

「景気対策」と称して出現するものに、私たちは注意を向けねばならない。真に重要な問題は浮上すらしていない。前回は、定額給付金というケチなやりかたでベーシックインカム議論が起こらなくなる危険性と、政府を意味なく「ありがたがる」危険性を指摘したが、さらに大きな問題は環境と食料の根本的解決に手をつけないでいることだ。

新留勝行『野菜が壊れる』(集英社新書2008.11)をぜひ読んで欲しい。化学肥料を使わない農業では、土の中で何が起こっているか、そして化学肥料によって、それがどのように壊されたか、その両方が対比されていて、それはそれは怖い本である。私は『カムイ伝講義』を書くにあたって江戸時代の農書を読み、農業がどうなっているか、以前よりさらに関心をもつようになった。高い能力と改革能力をもった農民集団が、なぜ今のようにばらばらになって農協の言うことを聞くようになってしまったのか、不思議だったのである。

そして、完全有機肥料による米や茶の生産者から話を聞くようになった。やはり、すごい人たちであった。高度な職人であり、思想と知恵と気骨をもっている。実際に話を聞いたり田畑を拝見していたので、この本で言おうとしていることも理解できた。この50年間のあいだに起こったことが、実に恐ろしかった。

要約すると、化学肥料を土に入れることで、窒素を植物に強制的に吸収させるのだが、その結果、その他の養分吸収ができなくなる。野菜のビタミンミネラル分はこの50年間に、4分の1に減ったものもあれば20分の1に減ったものもある。土の微生物も死に、砂漠化がすすむ。窒素肥料の弊害を減らすために塩化カリウムを入れるのだが、塩分が増えて土がやせる。酸性土壌を改良しようと石灰を大量にまくことで、土がセメント化する。それらの理由で連作障害が発生する。虫や菌は、そのように育った作物を死にかけた植物とみなし、たかるようになるので農薬が必要になる。農薬は植物の防御反応をさらに減らし、さらに農薬が必要になる。

化学肥料と農薬で合計65億ぐらいの市場を今でも形成している。得をしているのは化学肥料会社である(ちなみに、とりわけ有名なのが、水俣に工場を置くチッソだ)。戦前は国策産業であった。肥料の代表である硫酸アンモニウムは、車のさび止めに使ったものの廃棄物で、日本の自動車産業のあと処理を農業に押しつけたことになり、私たちは健康な食べ物を自動車に売り飛ばしたのである。化学肥料によって、農業は「職人技」から、誰にでも簡単にできるものに変わったのだが、しかし膨大な金がかかり、借金で苦しむ農家も少なくない。農業の問題は高齢化などではない。国策による環境破壊であった。

著者の新留氏は、今こそ根本的な観点から農業を救うための、健全ではっきりしたビジョンのある補助金が必要である、という。具体的には、国の予算で良質の有機肥料を作る工場を建てること、土壌改良によって作られた農産物には補助金を出すこと、高額の有機認定量を取るのではなく、逆に化学肥料を使った野菜にその表示をさせることなど、これらのことは今からでも間に合う、という。日本の農地では小規模農業が可能なので、方針さえはっきりすれば、3年ほどで土壌を改良することは可能らしい。

しかし今の政権はつまらないことに金をばらまいて目立とうとするばかりで、こういう本質的な改革に眼も向けない。金も使わない。本当に恐ろしいのは、そのことである。