あのすば・・・・ 第13回

投票した人の顔を見てみたい

田中優子(在日横浜人)

 選挙の時は投票者に興味がわく。「この候補者に投票した人の顔が見てみたい」という興味だ。このたび2007年7月の参院選・東京都選挙区では、元テレビ朝日アナウンサーの丸川珠代さんに投票した人の顔を見たくなった。なんと691367人もいたそうで、みな東京都のかたなのだから、近くにもいるのだろう。あいにく聞いてまわるわけにいかない。投票した方はぜひ、そのうち顔を見せていただきたい。まじまじと見てみたい。

 なぜ興味があるかと言えば、なにゆえこういう人に投票したのか、まったく想像がつかないからだ。知名度の高い人に投票する場合、新しい風を吹き込んで欲しい、何かが変わりそうだ、という期待があるからだろう。しかし丸川珠代さんは、まったくその可能性を感じさせないほど、言動が古くて凡庸だ。「すみません」と「おはずかしい」と「私の祖母と母が」という話以外には、自民党がふつうに言っていることである。
 退屈で何も起こらなそうな選挙の場合、面白半分でタレントに投票するケースはあるだろう。しかし今回の選挙は政権交代の可能性をもった、じつにスリリングな選挙だった。こういう時に与党に投票するのは退屈を打破したい投票者の行動ではない。現状維持志向の投票者であろう。それにしてもなぜ?

 丸川珠代さんの演説会場に安倍首相が応援演説に来たそうだ。安倍首相がいかに人を見る目が無いかが明らかになったわけなので、多くの場合、「この人が応援するのだから、きっとハズレだろう」と推測する。しかし彼女への投票者たちはそうは思わなかった。そこも不可解だ。案の定すぐにぼろが出た。住民票の手続きをしていなかったそうで、少なくとも3年間は投票権がなかったという。彼女は自分に投票の封書が来ていないことに3年間気づかなかったことになる。私は直感的に、この人は生涯に一度も投票をしたことがないだろうと思った。「投票のハガキが来ていないので、免許証で事前投票に……」と不可解な発言をしたそうだ。やっぱりそうか。

 つまり政治にも社会にも無関心な人である。そういう人が急に立候補する理由は二つしかない。一つは背後にいる特定集団の利益を代弁する者として送り込まれている場合。もう一つは本人が権力・権威志向の場合である。聞くところによると、安倍首相から直接打診があったという。舞い上がってしまって、それが本人の野心に火をつけたのではないだろうか?
 しかしもうひとつの可能性も捨てきれない。放送業界が政治力を持とうとした、という可能性である。発言では放送業界のことには一言も触れられていないが、誰かが後ろで操っている可能性は棄てきれない。

 そこで、この人に投票した人は「放送業界の人間」あるいは、「芽生えている野心を刺激された立身出世タイプの女性」と言ったところか。しかしもうひとつあるぞ。かつてホリエモンに期待してしまったタイプの人である。このところ増えてきた「頭のいいからっぽ」に勘違いの期待をすることを、私は「頭のいいからっぽ」現象と呼んだ。金や地位を手段だと思わず人生の目的にしてしまった人間は、迷いなくその目的のために頭をフル回転させる。ひたすら他人を追い抜くことだけ考え、権力を持ちたがり、権威に弱い。それが人間の価値だと教えられ、自分でもそう思い、相対的な強さのみを生きがいとする。

 いろいろな人間がいてもいい、という意味ではいてもいいわけだが、そういう人間が社会や他人のことまで考えることは絶対にない。絶対にないにもかかわらず、ついていけば何かいいことがあるかも知れない、と思う人がいるようだ。そういう人たちも、投票したのではないだろうか。「頭のいいからっぽ」はさらに増えるであろう。しかしそういう人間たちに一票を投じる人がいなければ、害は少ない。誰に投票したらいいか迷うことはあるだろうが、まずは誰に投票してはならないか、考えるべきだろう。