第323回 むきばんだ遺跡で、ボニン島を語る千夏さん

佐古和枝(在日山陰人)

2013年の7月7日、永六輔さんに揮毫していただいた妻木晩田遺跡の保存記念モニュメントの竣工式をおこないました。車椅子の永さんも臨席して、楽しいお話をしてくださいました。3年後の7月7日、永さん逝去。7月7日は、私たちにとって特別な日となりました。
今年の7月7日は、永さんの3回忌。そしてちょうど「むきばんだやよい塾」の日です。これは何かやらなきゃってことで、私を永さんにひき会わせてくれた千夏さんをやよい塾の講師としてお招きし、「古事記と妻木晩田とわたしと」という演題でお話してもらうことにしました。さらに、夕方には野外でミニ・コンサート&星空観察会〜七夕の夜空を眺めて、永さんの歌を聴きながら、永さんを想うメモリアル・ナイト!・・・楽しいイベントになるはずでした。

ところが、その直前に西日本一帯を記録的な豪雨がおそい、JRも高速道路もSTOPして、陸路のサコは大変でした。千夏さんは羽田から飛行機で、大過なく米子鬼太郎空港にご到着。久しぶりの対面です!前回のコラムに書かれたように、千夏さんはボニン島=小笠原諸島から帰ったばかり。昼食をとりながら、お土産話がはずみました。
この島についての私の知識は、千夏さんの著書『海中散歩でひろったリボン』がほぼすべて。この本を読むまで私は、その島が日本の領土になる前にイギリス領やアメリカ領となりかかっていたことも、だから西洋人の顔つきのカタカナの名前の島民と日系島民の両方がいることも、小笠原諸島という名前の由来がトンデモ話であったことも、国家の都合で島民が強制移住させられたことも、終戦後アメリカの占領下にあったことも、とにかく何も知りませんでした。そして、この島の数奇な歴史にも、またそれを知らずにいた自分にも、ショックを受けました。

「でも、まだまだ足りなかったのよぉ」と今回の千夏さん。あの本が出てからも、島で過ごした時間と体験の積み重ねや、小笠原諸島の歴史探求が進んだ結果、もっとこの島のことが見えてきた、とのこと。それは、聞きたい! それに、今年は小笠原返還50周年の年です。やよい塾の塾生にも聞かせてあげたい!とせがむサコ。「じゃ、そうしよっか」と千夏さん。ご飯を食べながら、サコはおんな組の原稿からちゃちゃっとパワポを作って、準備完了!!
外は大雨。川が増水して避難勧告が出たりしており、朝から欠席の連絡があいつぎました。それでも70名ほどが来てくれました。いよいよ、やよい塾の始まりです。冒頭で私が、妻木晩田遺跡の保存運動を始める時から現在にいたるまで、たびたび千夏さんに来ていただいて、背中を押してもらってきたことを紹介しました。そして、今日は急遽テーマを変更して、ボニン島の話をしていただくことも。
そして、千夏さんの「ボニン島の人々」のお話が始まりました。島で仲良くなった人達の話、小笠原返還50周年記念パレードの話、島の伝統芸能、日々の生活など、千夏さんの体験談、そして千夏流ボニン島歴史解説まで、知らないことだらけのお話に、受講生は居眠りもせず、「へ〜!」「ほ〜!」と目をまんまるにして聞いていました。

今回とくに突き刺さったのは、「小笠原返還」とは日系島民にとっての言い方であって、欧米系島民にとっては“故郷を奪われた”のであるという話。ギクッとしました。島に通いつめ、日系・欧米系の両方の島民とおつきあいをしてきた千夏さんならではの、重要な指摘です。 (詳細は、むきばんだ応援団HP「中山千夏さんの部屋」

この話を聞いた時、北海道の納沙布岬でみた石碑のことが頭をよぎりました。「寛政の蜂起和人殉難墓碑」です。寛政元年(1789年)、国後島とメナシ(標津町)のアイヌの人々が、当地の場所請負人であった和人達のあまりに過酷な搾取と迫害に耐えかねて、やむなく蜂起をし、和人71人を殺害しました。そのことで、蜂起の首謀者37人のアイヌが、これまた惨いやり方で処刑されました。石碑は、文化9年(1812年)に殺された和人の供養のために造られたもので、明治45年(1912年)納沙布岬に近い珸瑤瑁の海中で発見されたそうです。墓碑には、和人がアイヌの人々にどれほどひどい仕打ちをしたかに一切触れないどころか、アイヌが不意に襲ってきて、多くの和人を殺したとだけ記されています。こんなふうに、強者・勝者によって「歴史がつくられる」のですね。

歴史は、語る者がつくるもの。そして歴史の多くは、強者・勝者によって語られてきました。『古事記』や『日本書紀』も同様で、弱者・敗者や庶民の言い分は、なかなか記録には残されない。でも、千夏さんの目線は、いつも庶民に向いている。千夏さんの高性能なアンテナは、歴史の光があたらない庶民の姿を敏感にキャッチして、「ほら!」って見せてくれる。さらに、庶民の側から国家や権力者のあり様を映しだして見せてくれる。
われわれも「庶民」です。だから、千夏さんの「庶民の目」を借りて、いろんな世界を見せてもらうと、「あぁ、そうだったのか」とストンのわかる(気がする)。歴史がぐっと身近になる。これって、とても大事なことだと思います。千夏さんはすぐれた「歴史叙述家」だと、このたび改めて思いました。芸能界のこと、国会議員活動のこと、人権のこと、死刑廃止のこと、スクーバダイビングのこと・・・どんなテーマであっても、その背景や時代性を絡めて書かれているから、知らず知らずに歴史の勉強にもなっている。一度読んで、二度美味しい。ボニン島の続編、楽しみにしています。