第306回 歴史小説の功罪について

佐古和枝(在日山陰人)

>>歴史を正視したいのなら、小説やドラマの歴史解釈は百害あって一利ナシ

おお、剛腕直球、ストライク! 私も若い頃、歴史小説を読むと先入観が刷り込まれそうで怖いから、読まないようにしていました。しかし、です。実は、恩師の仕事の手伝いをするうちに、司馬遼太郎さんや黒岩重吾さんとご一緒する機会ができたので、1冊くらいは読んでおかねばマズイと思って手を染めたのが運のツキ。お二人の歴史モノにすっかりハマって、次々と読みまくりました。そして、長年興味が湧かずに敬遠してきた7世紀という時代が、黒岩小説のおかげでとても面白くなり、苦手意識がすっかり消えて、『日本書紀』の天智・天武条や関連論文も難なく読めるようになりました。今では、7世紀は得意ネタの1つです。
そのうえ、黒岩さんの『茜燃ゆ』が好きだ好きだとご本人に言い続けていたら、文庫本になる時に「あとがき」を書かせていただいたというご恩もあります。そんな私ですから、もはや「歴史小説は百害あって一利なし」と言い切る資格はありません(;^ω^)

 

私の場合、古代史小説なら、どこが創作で、ここはあの論文を参考にされているな、これはあの先生の説だなとかって、だいたい分かるから、わりと安心して読むことができるのです。危ないのは司馬さんの幕末・明治モノです。幕末・明治も私の弱いところなので、司馬さんのワクワクする小説で少しでも苦手意識が消えることはありがたいのですが、なにしろこの時代についての知識が乏しいので、創作部分と事実とみていい部分の分別に自信がない。この状態はヤバイです。いつも頭の中で、「これは小説、小説」と警鐘を鳴らしつつ、楽しく読ませていただいています。

いや、小説やドラマならまだマシです。いまや私の敵は、漫画とゲームです。授業で、『魏志』倭人伝の現代語訳を配って説明すると、「あれ?卑弥呼は毒殺されたのではないんですか?」とか「卑弥呼と難升米は恋人同士でしょ」とか、漫画ネタの反響が相次ぎます。また、留学生のクラスで、卑弥呼についてレポートを書いてきた中国人の学生がいたので、なぜ卑弥呼を知ってるのかと尋ねたら、ゲームだと。そして彼のレポートの内容は、完全にゲームのなかの卑弥呼のキャラクターとストーリーに依拠したものでした。
もう10年以上も前から、私が考古学ゲームをつくりたいとジタバタしていたのも、ゲームの広がりを止めることは無理だから、せめて遊びながら歴史の勉強ができるゲームを作るしかないと思ったからでした。でも、いまだ実現できず。タメになるってことと、ゲームとしての面白さを両立させるのは至難の業でした(;^ω^) 

実は、遺跡の復元・整備にも、似たような問題があります。遺跡公園には、復元された建物が建っていますよね。でも、遺跡でみつかるのは柱の穴だけで、どんな構造の建物だったかは推測の域を出ません。つまり、遺跡の復元建物は、いくつか想定できる案の一つにすぎないのです。もちろん、各地の遺跡で出土した建築部材や古代人が描いた建物の絵画資料など、参考になる資料をかき集めて復元するのですが、本当のところはわからない。でも、復元建物を建てれば、その建物でイメージが固定されてしまいます。だから、遺跡での建物の復元には、疑念や批判がつきものです。
でも、だからといって何も復元しなければ、遺跡の様子が一般市民に伝わりにくい。遺跡は不動産ですので、空き地みたいに放置しておくなら売り飛ばせと言われかねない(;^ω^) 遺跡の重要性を一般市民に理解してもらうために、わからない部分が多くても、遺跡のどこかを復元して、見学者に見てもらいたい。学問的な厳密さと、わかりやすさ・親しみやすさのせめぎ合いは、文化財担当者なら誰しも直面する大きな問題です。

歴史系の小説・ドラマも、遺跡の復元も、さまざま問題があるにせよ、それらをこの世の中から抹消することはできない。ならば、見る側・受け取る側が、それを事実だと鵜呑みにしないリテラシー力を高めていくしかない。簡単に鵜呑みにしないというスタンスは、なにも歴史に限らず、あらゆるジャンルの出版物やテレビ番組、メディアやネットで流れるさまざまな言説も、忘れてはいけないこと。そのリテラシー力を養うのに、歴史はいい修行の場だと思います。

ということで、千夏さんのご指摘をサコ流に少し言い換させてもらうと、@歴史小説や歴史ドラマは、歴史に親しむための第一歩としてはいいけれど、それで歴史をベンキョーした気分になってはイケマセン。小説・ドラマはあくまで創作作品であることを頭に深く刻み、ゆめゆめそれをそのまま歴史的事実と勘違してはイケマセン。A歴史小説や歴史ドラマで歴史に興味が湧いたなら、それを奇貨とし、歴史の専門書で歴史的事実を確認してみよう。小説やドラマのウソをみつけるってのも、また楽しからずや。B歴史の真実に少しでも近づきたいと思うなら、歴史小説や歴史ドラマのヒーロー物語にまどわされず、歴史の光と陰を正視する覚悟をもとう〜そんなところで、いかがでしょうか。