第231回 人間は可塑的!

中山千夏(在日伊豆半島人)

なんと!
竪穴住居にどうやって住んでいたのか?
なんちう話では、私たちシロウトと考古学の先生と、ほとんど同じレベルで悩んでいるのね!
ただし、大いに違うのは、先生の悩みにはデータという根拠があること。

一般的な弥生集落では、竪穴数軒に高床が一軒程度の割合。
しかし山陰ではほぼ半々に近い集落がけっこうある。
よって、山陰では、高床を冬用の住居とした可能性がある。

なるほどね〜。データの無い私は、竪穴を見るたびに、こんなとこ住めるんかなあ、ほんとにこの復元、当たってるんかなあ、止まりの悩みです。
それでいくと、たしかに冬はすこぶる寒そう。
でも、考えてみると、私が小さいころでも、少なくとも大阪の日本家屋は寒かった…はずです。 
隙間だらけの家屋に、暖房は八畳だかの居間に置いた火鉢一個だけ。寝る時は、おばあちゃんが私の掛け布団をしばし火鉢に掛けて温めてから、掛けてくれたもんです。
すぐに電気炬燵が取り入れられて、家族四人、動かない時は炬燵に取りつきっぱなしになりましたが。
雪も降りましたよ。六〇年近い昔になりますが、熊本から移住した私は、初めての雪に出会って感動したもんです。

あのね、ここ二、三年、きっと昔はこんな感じだったんだろうな、という寒い冬を楽しんでるの。ええ、趣味の節電で。さすがに厳寒時には、就寝前と起床前に合わせて三〇分ほど、寝室に暖房いれますが。

それでわかったんだけど、寒いのもけっこう慣れますね。
それから、体を動かすと確実に暖かい。
お腹が空くと確実に寒い。
もうひとつ、人間がいるのといないのとで、大いに違う。同居者はたったひとりだけれど、彼女がいるのといないのとでは、温度が違う。彼女もそう言ってる。そりゃそうだ、三六度の保温器だもんね。人間の体温もバカにならないと思い知りました。

その経験から、最初は不可能に見えた竪穴住居の冬も、ま、地域によりますが、想像よりは乗りきれるかも、と。
たいてい我が家より狭いでしょ、そこに火を焚いて、五、六人でいて、みんな厚着して、テレビ見るでも本読むでもないから、なんか食べながら体動かす仕事して、退屈したらおしくらまんじゅうかなんかして遊んで。夜は藁にもぐりこんでぎゅうぎゅうくっついて寝ましょうか。プライバシーなんて思いつかないから、精神的におかしくなることもないでしょ、きっと。
しかし私は…もう無理ね、文明人やっちゃったから。たはははは。

同じ人間、しかも同じ地域人でも、昔の暮らしはどんどん遠くなるね。
江戸時代のご先祖様の風俗だって、あれで暮らせと言われたら、拷問だよね。
特に髪型。年中、頭に「作品」乗っけてるようなもんで、ありゃ大変だあ! 寝る時だって、うっかり寝返りできない。性交なんぞした日にゃ、あとの身支度が大騒ぎなのでは? おまけに朝シャンどころか、めったに洗髪もできないのでは?
あの頭で、でも、それなりにリラックスして暮らす術を、あの頃の男女は身につけていたんだろうなあ。

人間って、すっごく可塑的なのね!