第185回 ■威張れ!頑張れ!■

中山千夏(在日伊豆半島人)

やっと春らしくなってきましたが、すると新学期が始まって、サコ先生は忙しくなりますね。体に気をつけて頑張ってね。
あ、そういえば朝鮮語にはこの「頑張る」に当たる言葉が無いんだってね?!

実は4月29日の水曜日、地元「伊東温泉競輪」に行ってきた。いや、賭けにいったわけじゃなくて、一種の見学よ、見学。別に賭けたっていいんだけど、私、競馬でも相撲でも野球でもなんでも、他人の勝負に賭けて楽しむというセンスがまるで無い、したがって興味も無い。
そこんとこ同じ女でも、昔々、NHK美人アナで鳴らした下重暁子さんとは正反対よ。彼女は昔からの友人なんだけどね、自慢するほど博才あって競馬大好き、それが嵩じてJKA(旧日本自転車振興会、今はオートレースもやっている財団法人。)の会長を引き受けて、つい先日までやっていた。

話はちょっとそれるけど、妙に権威・権勢が似合う女っているね! 下重さん、それ。会長の時、どしっと威張って並み居る部下に命令し、選手にも上から目線で慰労をし、お偉いおじさん連中と対峙して一歩も退けをとらなかった。これだけじゃなくて、日本ペンクラブの副会長もやってるから、トップ職が好きでもあるんだろう。
あ、これ、悪口じゃないよ。女は可愛く控えめに従順であれ、というジェンダー教育のせいで、権力権威を堂々と身につけ振るう女は、同じような男より悪く見える。私もそんな眼を持っていたが、最近やっと補正できてきた。特に私は基本的に反権力反権威だから、そこの補正が難しかったんだ。

女だって権力権威を握っていいし、それを堂々と振るっていい。そして、権力権威を持つのがいいかどうか、その振るいかたがいいかどうかは、男女を問わず別の問題としてある。
そこで、「女のくせに」意識を除去して見れば、下重さんはなかなか優秀かつ良質なトップだったと思うよ。
それに、どんなに威張っても、ちっちゃいせいか同性だからか旧友だからか、お偉いおじさんにない可愛さを感じるしね。

その下重さんに誘われて行ったの。伊東で特別なレースがあると下重さんは私を誘ってくれるのね。今回は2回目だった。この日は初の韓日対戦レース。韓国から26人の選手がきていた。競輪場にも韓国のひとが応援にきていて、そのひとりに「ガンバレは朝鮮語でどう言うの?」と聞いたら、無い、という答えが返ってきたわけよ。おもしろい! 最近は「ファイティン」とよく言うそうだが、これはFighting、英語だ。

うちへ帰ってから、語学にも明るい友だちパギやんに電話で尋ねたら、やっぱり無いって。強いて言うならヒンネジャ(力を出せ)かと。ふうむ、朝鮮語にガンバルがない。ってことは「頑張」は中国語ではない(後に調べたらそのとおりだった)。ってことは中国にも韓国にも、ガンバルという概念が無いってことだ! 最近大安売り「がんばろう!日本」の語感が嫌いな私としては、がぜん、ガンバルという言葉の探求に興味がわいた次第でした。そうだ、イバルはどうなのかな???


それは置いて、競輪場に話を戻すです。下重さんのツレだから特別待遇、来賓席だか貴賓席だかに入れてもらった。狭い部屋だけどね、競輪場見下ろしで賭けられる。ガンバルについて聞いた韓国人ともそこで知り合った。日本語まるでわからないまま結婚のために海を渡ったのが45年前、今は上野の大きなスポーツ店のプレジデント。
ファンでした、とサインを求められたのには特別な感動があったな。同年輩だから、歌手の私を見ていたころは、まだ日本語にも日本にも馴染もうと格闘中だったに違いないから。
言葉、風俗、ごく差し障りない歴史…短い時間だったけれど、彼女とした国際的な話はとても面白かった。

しっかし〜。感無量。この部屋、実に女っぽかったのだ。下重さん、重要な彼女の(かつての)部下のひとり、私、うちの社長、そして件の上野のスポーツ店の社長。狭い部屋ではこの5女が人口の圧倒的多数派だった。小さいながら、競輪場に女社会が出現した観があった。
これはトップ下重の成果、その一端なのよ。

下重さんは、会長就任の依頼があった時、天下り官僚を会長に頂く慣行を断ち切るためと、女性参加のためになにかできるかもしれない、そう考えて引き受けた、と聞いている。
女性客の誘引のために、いろいろな政策を進めた。
同時に、というか、最も彼女が力を入れたのが、女子競輪の実現(厳密には48年ぶりの復活らしいが)だった。会うといつもそれについて話していた。
そしてちょうど、伊東競輪の5日前、33人の女子プロ選手が誕生した、とささやかに報じられたのだ(24日付け朝日夕刊)。1年間の訓練とプロ試験を経た彼女たちは、その日、日本競輪学校(伊豆市にある)を卒業した。
卒業式の感動的な映像がYouTubeにあるよ。

http://www.youtube.com/watch?v=YriAAV5hyVo

無論困難山積み。問題多数。
でも、来賓席にいて私らの世話してくれた下重さんの元部下男子たちの言葉には、女子競輪をキワモノと扱う気配はなかった。
「すごいですよ、むろん男子と混合戦は無理ですけど、実力すごいです」
「いつか混合戦もできるかもしれないですよ」
「男子と違って少数だから、成績の競争相手がすぐ見える。そこは辛いかもしれません」
サイトもできた。
ガールズケイリンhttp://www.girlskeirin.com/

もとアマ選手も混じえた、19歳から49歳までの33人。特に世のため人のためになる職業ではないが、またひとつ女の活躍の場が増えるのだ。応援せずにはいられないでしょ! ガンバレ…ってよりヒンネジャ! 特にギャンブラー女子諸君には、ぜひサポート願いたいなあ。

天下り会長廃止のほうも、後任に非官僚が就任するメドをつけて辞任したって。
ね、なかなかのトップ働きだったでしょ、下重さん。