第145回 ■入れ墨お断り問題■

中山千夏(在日伊豆半島人)

イレズミ!
私もちょうどイレズミの話があったんだ、ほやほやのが。

先月の頭に、スウェーデン人の友だちが、10年ぶりくらいにうちへ来てくれた、カレシ連れて。結婚したんだから夫だけど、当人が「ボーイフレンド」と呼んでいるから、私はカレシと言っておく。
パプアニューギニア観光した帰りに、日本に寄ったということだった。パプアニューギニアのついでに日本、という感覚が、いかにも北欧人でしょ(^_^;
東京を本拠地にして、京都やなんか観て、帰国前日に、伊東に来た。

彼女、今、40歳ぐらいなんだけど、三つ年上の、高校時代の先輩だというそのカレシ、やっぱりデカイ。でも故郷では小さいほうなんだって。彼女は日本人と並んでも小さいという体格だから、故郷では超小型カップルなんだそうだ。

そのカレシが、京都で温泉に入れなかったというのよ、タトゥーしてたから。「だから私だけ温泉入って、彼はどっかほっついてた」と彼女大笑いしてた。

彼はぜんぜんマッチョタイプではない。どちらかというと、ぽっちゃりしていて、オタクタイプ。わけありのタトゥー、という感じでは、ぜんぜんない。
タトゥーもおとなしい図柄でね。二の腕に、迫力なんかぜんぜんない模様があるだけなの。
聞いてみると、昨今、スウェーデンでは、ファッションとしてのタトゥーが流行っているんだって。それで温泉に入れない、というのは、彼にはかなり文化ショックだったみたいよ。もちろん、日本通の彼女が、暴力団問題を理解して説明したから、少しも怒ってはいなかったけれどね。

暴力団的本格入れ墨とおしゃれタトゥーは、一目見れば違いがわかる。しかし、温泉やジムとしては、イレズミのタイプで差別するわけにはいかないよね。第一、なんて書けばいいかわからない。「鯉の滝登り金太郎添え柄または夜叉面大蛇添え柄または・・・の入れ墨お断り」ってか? なが。
外見でひとを選別しようとする方策は、やはり無理があるのだなあ、と改めて思った次第でした。

そういえば、四、五年前からかなあ、岡本ホテルグループってのが、伊東の老舗を何軒か買収していた。
地元では、その岡本はナントカ組の経営だというもっぱらの噂で、「コンパニオンを使って法外な遊興費を脅し取っている」とか「下足番のおじさんは絶対に半袖を着ない、びっしり入れ墨があるからである」などとささやかれていた。それは確認しなかったけれど、特別なお客の送迎に、ラスベガスのカジノホテルが使っているような、黒くて長いリムジンを走らせたりしているのは、いかにもという感じだった。岡本=暴力団は、地元の常識だった。
ついに今年の五月、その岡本グループが出資法違反で警察に摘発され、多くの被害が明るみに出た。それで知ったが、熱海を中心に、全国十一カ所で温泉旅館を経営していたという。
伊東の岡本も閉鎖、今や、薄暗い亡霊のような姿で立ち尽くし、街の不景気風を煽っている。地元の新聞は摘発のニュースにこう書いた。「その不正な収入の一部は暴力団に回ったと言われている」。私たち地元民は笑った。一部じゃねーって、暴力団そのものが経営してたんだろうが、と。

暴力団関係では、婉曲話法が活用されるのである。「入れ墨お断り」!