第54回「雪絵ちゃんの願い(2)」

山元加津子(在日石川人)

 雪絵ちゃんのお話の続きです。

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 雪絵ちゃんはどんなときもいつも「よかった」「よかった」って言うんですね。どんなときも「よかった」「よかった」って。私が毎日毎日、雪絵ちゃんにあったことをね、メールとか会ったりとか、FAXとか電話とかで言うんですね。そうすると、雪絵ちゃんはどんなときでも、「よかったね」って言うんですね。

 たとえば、「私ね、今日、車ぶつけちゃったの」って言ったらね、雪絵ちゃんがね、「よかったね」って言うんです。
 それでね、私が「どうして?」って。

 そのとき、私、車買ったばっかりのときだったのにね、バックしてね、自分の家の塀にばーんとぶつけちゃったんですね。
 本当にね、最初に運転をしたときだったから、雪絵ちゃんに「大ショック」って言ったら雪絵ちゃんが「よかったね」って。

「だって私、ぶつけちゃったんだよ」って言ったらね、雪絵ちゃんがね、「かっこちゃんぴんぴんしてるじゃない。かっこちゃん、少しぶつけといた方がいいよ。そうしたら後ろ向いて、ちゃんとバックするようになるから」って。

 そう言われたら、本当にちゃんとバックするとき、後ろ見てなかったわと思いました。そのあと、本当にね、ちゃんと後ろ見るようになってね、よかったなって思ったんですよね。
 もし、それが、人のおうちの塀だったり、人の車だったら大変だし、まして誰か人をひいてしまったら大変だったのに、あれから、私、ちゃんと後ろ向いてからバックするようになったもんと思って、本当に雪絵ちゃんの言うとおりだなあというふうに思いました。

 それからあるとき、国語の先生の会の集まりのときに、お話しさせていただいたことがあったんですね。で、私が自分の学校の子ども達が大好きなように、その先生もご自分の生徒さんが大好きなんだと思います。こんな質問をされました。
「どうして、日本という国は、障害を持っていて、国にあまり役に立たない人のためにお金を使うんですか? 障害を持っている人は十分な栄養と睡眠さえ与えておけば、大丈夫なんじゃないんですか?」っておっしゃったんです。
「私たちは高校のみんなにたくさん本を買ってあげたいのに、なかなかね、買ってあげるお金をもらえない。国のために役に立つ高校生にお金を使ったらいいと私は思うんだけど、どう思われますか?」っておっしゃったんですね。

 で、私は、なんてことをおっしゃるのだろうと思ってね、あの、子ども達はお勉強したりするのが大好きだし、それに、子ども達がいることで、みんなはいっぱいいろんな大切なものに気がつけたりできるのに、と思って、一生懸命「そうじゃないんですよ」って講演会でお話しさせていただいて、帰ってきて、でも、私ちょっときっと怒っていたんだと思います。
 それで、帰って来て、雪絵ちゃんに会うなり、雪絵ちゃんに、「今日ね、あのね、すごく腹が立ったことがあったんだよ。高校の先生がこんなふうに言ったんだよ。私、星雄馬のお父さんだったら、机ひっくり返しているかもしれない」って言ったんです。

 雪絵ちゃんが「その人、質問してくれてよかったね」と言いました。

 また雪絵ちゃんの“よかったね”が始まったと思って、
「どうして?」って聞いたらね、
「かっこちゃんはね、毎日のように障害を持っている人と一緒にいるから、障害を持っている人がどんなに大切で、そして、どんなに素敵かを知ってると思う。でもね、社会の人は知らない人がほとんどだよ。その会場にいた人も知らない人がいっぱいいたと思う。でも、その女の先生が質問してくれたおかげで、かっこちゃん、一生懸命『そうじゃないよ』ってしゃべったんでしょう?それを聞いた人たちが、ああそうかって、思ってくれた人がきっと何人もいるよ」って言ってくれたんですね。

 本当だと思って、ああよかった、その人ね、質問してくれて、ありがとうというような気持ちに変わったので、不思議だなあと思うんだけど、雪絵ちゃんはとにかく、どんなときにも「よかったね」「よかったね」っていう人でした。