心なごみませ  第4回

「野球ってむつかしいんだね」

山元加津子(在日石川人)

 もっちゃんは野球が大好きです。朝の会ではいつも昨日の野球のお話を教えてくれたし、休み時間はよく二人で野球をしました。
 でもね、私、野球のことぜんぜん知らないでしょう。だからそばで聞いてる同僚が、二人の会話って漫才みたいやわっていっていつも笑いころげているのです。二人の様子はそんなおかしいのかしら?
 だってね、もっちゃんが毎朝かならず、言うんです。「昨日のの勝利投手は〇〇です」。私はその勝利投手っていうのがすごく気にいらないのです。「ねえ、どうして?どうしてピッチャーだけ、勝利投手なの?野球ってみんなでするんでしょう?だったらどうして、勝利キャッチャーとか勝利ファーストとか言わないの?みんな頑張ってるんだから不公平だよ」でも、もっちゃんはね。「だめです。ピッチャーだけです」って言い張るのです。「明日は勝利キャッチャーも言ってほしいな」なんて言うけど、「絶対にだめです。」と譲ってくれません。そのうち、「もう」って怒りだしてしまうのです。私はみんな勝ってるのにどうしてかなあとまだ不思議なのです。
 休み時間二人でよく野球をしました。たいていピッチャーがもっちゃんで、私は
バッターです。ふたりしかいないから、キャッチャーはいません。守るのはもっちゃんが兼ねています。
 もっちゃんは投げる前、いつも不思議な動作をします。首をかしげたり、首をふったり、うんうんってうなづいたりして、なかなか投げないのです。それも一球ごとにそんなことをするからとても不思議で「もっちゃん何してるの?」って聞いたら、もっちゃんはね、「サインをよんでいます」って言いました。(あれ?サインって誰がだすんだろう?)そう思って窓の方とか廊下とか見るけど、だれもいないのです。
(もっちゃんと私と二人しかいないから、もしかしたら私が出さなきゃいけなかったのかな?そうそうサインって見たことある。手をゴシゴシしたり、鼻の下こすったりするんだ)そう思ったからあわてて、もっちゃんのサインをよむ動作にあわせて、手をのばしたり、ゴシゴシしたり、鼻の下こすったりしたら、もっちゃんが「だめでーす。サインはバッターは出したらだめでーす」ともっちゃんが言いました。
 けれど、その時には、サイン出すのってけっこうおもしろいって、私は思っていたので、「私、出したい。私もサイン出させてよ」って言うともっちゃんが、「だーめーでーす」ってプンプン怒っているのです。
 野球ってずいぶんむずかしいものだなあと思っています。