26回  ペシャワール会に入ろう

田中優子(在日横浜人)

 どこもかしこも首相辞任に湧いている。こんど辞任した首相は誰だっけ?もう何だかわからなくなった。
 女性候補を引っ張り出して話題を盛り上げておいて、話題が続いているうちに総選挙、という魂胆らしい。自民党は広告代理店になってしまった。だから、こういう政局はどうでもいい。
 私にとってより重要なのはペシャワール会の伊藤さんの死去である。私はペシャワール会の会員である。会費を払って会員になるとニュースレターを届けてくれる。現地に行ったことがないのでひとつひとつの具体的シーンが思い浮かばないのだが、それでも読んでいると、地道な活動であることは充分に伝わってくる。

 中村哲さんは以前から、自衛隊の派遣が日本人への心象を悪くし活動がしにくくなっている、と繰り返し発言している。今回もそう発言したのだが、官房長官は「テロとの戦いをさらに進めたい」と、的外れなことを言った。中村さんが言っていることの意味が理解できないのか、それともわかっていてあえて無視してるのか?
 自衛隊とペシャワール会は、どちらが国際貢献をしているだろうか? 自衛隊派遣に意味があるとすると、地域に根付いて国際貢献している日本の組織を守ったり援助したりすることだけだろう。しかし自衛隊がしているのはアメリカへのバックアップであり、地域への貢献でもなければ日本人への貢献でもない。国家とは何を守る組織なのだろうか?

 2008年8月31日、NHKハイビジョンは「兵士たちの悪夢」を放映した。第一次世界大戦で、アメリカでは一般市民が戦場に駆り出され、その後、PTSD(心的外傷後ストレス障害)の症状が初めて「発見」された。このとき、大量殺戮兵器が登場したからである。第二次世界大戦では、沖縄戦で心を壊した兵士たちもいた。この番組で私は、精神科医にかかる兵士たちのフィルムを見ながら、アメリカが長いあいだ、兵士の精神疾患を乗り越えようとさまざまな工夫をしてきたことを知った。
 しかしその工夫とは、訓練を通して精神的なうしろめたさを感じない兵士を作り上げることだった。たとえばベトナム戦争では、人間の形をした模型をランダムに茂みの中から出し、「何も考えずに」撃つ訓練をした。これでずいぶん精神疾患が減ったのだという。しかしソンミ事件にかかわったある兵士は、自分が殺した子供たちのことを忘れられず、長く精神を煩ったあげくついに自殺してしまう。
 次に中東紛争では、できるだけ地上戦をしないように、上空から精密機器を使って撃つようにした。ところがイラクでは、駐留している最中にテロが続き、多くの帰還兵がPTSDにかかっている。

 国とは国民を守るためにあるのではなく、誰かの富のために、他の誰かを壊す組織なのではないだろうか? 兵隊の訓練とは、人間でなくなるための訓練である。自分の国民を「人でなし」にさせることで誰が何を得るのだろうか?
 今の政局を含め、私は「国とは何か」がまったくわからなくなっている。しかしそういう理屈を深く考えるより、本来国が(いや人間が)やるべきことに関心を向け、自分もまたそこに近づくようにしたほうがずっといいような気がしている。そこでとりあえず、ペシャワール会に入ろうではないか!「自衛隊に入ろう」ではない。間違わないように。 


『医者、用水路を拓く
   〜アフガンの大地から世界の虚構に挑む〜』