25回  『狂気の核武装大国アメリカ』を読んで
  宇宙軍拡への道を監視しよう

田中優子(在日横浜人)

2008年8月6日、広島では原爆記念式典がおこなわれ、北京では開会式を前にオリンピック競技が始まった。広島市の秋葉市長は、「核兵器は廃絶されることだけに意味がある」と語り、核兵器廃絶の努力ができるアメリカ大統領が決まることを望んでいた。アメリカは包括的核実験廃止条約にすら批准していないのである。政府に対しては、憲法を遵守するよう釘を刺すことも忘れなかった。毎年、広島と長崎の式典での言葉を聞くたびに、政府とはまったく異なる、世界に対する日本人の毅然とした姿勢をかいま見るような気がする。

一方、石原愼太郎はオリンピックに向かう選手たちに「メダルを取れば招致にはずみがつく」とはっぱをかけ、日本文化発進を招致活動の一環にして、さまざまな日本文化グッズを作らせて北京に乗り込んだ。かたや核廃絶に向けて世界をリードしてゆこうとする市長。かたや銀行とオリンピックと日本文化で金を儲けることしか考えない知事。人格の違いなのか、広島と東京の違いが人をこうさせてしまうのか、それとも有権者の人間としてのレベルが違うのか。

広島市は長年、核兵器保有国に対して平和式典への列席を要請しているという。それに応えてロシアが出席するようになり、今年からは中国の領事が列席している。アメリカは列席していない。核軍縮への消極的姿勢や広島・長崎への距離のとりかたからみて、アメリカは核兵器を抑止力などと考えておらず、機会さえあれば使うべき兵器と考えているに違いない、と思う。

そのあたりの真実を明らかにしてくれる本が出た。ヘレン・カルディコット著、岡野内正・ミグリアーチ慶子訳『狂気の核武装大国アメリカ』(集英社新書)である。著者はオーストラリア人の小児科医だ。1979年のスリーマイル原発の事故をきっかけに医師をやめ、核廃絶の運動を開始した。その後一貫して、アメリカと世界の核廃絶運動の先頭にいる。もとは分厚いデータのぎっしりつまった本だったというが、訳者が取捨選択して我々素人にもわかる本にしてくれた。ちなみに本書を訳した岡野内正はアラビア語科出身で、南北問題の専門家だ。

この本でまず眼を開かされたのは、クリントンについての位置づけである。クリントンは自らのさまざまな失策や欠点を隠すために「過去二〇年間のどの大統領よりも頻繁に軍事行動を命じた」ので、「民主党が政権を握った八年間に……世界は危険になってしまった」という。クリントンは「国防総省、核科学者、軍需企業につけ入る隙を与えた」のだ。ブッシュはそれに乗っかるかたちで大統領になり、9.11以後さらに軍拡を押し進め、ついに宇宙の支配に乗り出したのである。

というわけで、この本は核の危険性を現在の政治状況のなかで知らせてくれるだけでなく、「宇宙開発」の危険性もたっぷり教えてくれる。そこで思い出したのだが、今年の5月21日、日本では宇宙の軍事利用も可能にする「宇宙基本法」が、民主、自民、公明三党などの賛成多数で可決・成立している。8月5日には、宇宙基本法を27日に施行することを決め、内閣官房に宇宙開発戦略本部事務局設立準備室を新設することになった。「宇宙基本法」とは、宇宙開発を安全保障のために使い、高度なミサイル監視衛星を持てるようにする法律である。第一条に「憲法の平和主義の理念を踏まえ」という文言を加えて民主党との共同提案にこぎ着けた。

しかし『狂気の核武装大国アメリカ』を読んでからこのことを思い返すと、日本の「宇宙基本法」は、アメリカの航空宇宙企業や宇宙司令部と密接な関係をもった法律ではないか、という疑念が出てくる。アメリカが計画しているのは宇宙兵器の開発で、宇宙船そのものも原子力発電を装備している。アメリカは今、核軍縮に積極的になりはじめているというが、地上の核軍縮をして「平和」を言いながら、その裏で宇宙の軍拡をやるつもりなのではないか。日本もその片棒をかたぐことで、誰かが利を得る構造になっているのではないか。

宇宙基本法の施行は、国民がオリンピックに夢中になっているあいだに着々と進んでいる。私たちも宇宙に眼を向けなくてはならない。無知・無策によって軍需企業につけ入る隙を与えたクリントンにならにように。