第6回 母と暮らせば その3

物心ついた頃から、夏休みの一ヶ月は母の里・福井で総勢10人の従妹たちと過ごした。海の近くで民宿を営んでいたので、客人も含めると30人くらいの人たちと寝食を共にした。お家のあれこれを切り盛りしながら、6人の子供・孫・ひ孫と10人以上育てあげた祖母が眠っているのを見たことがない。ある日、私を叩く母を目撃した祖母は「なして叩くんな。おんどらも叩いたろか。そない叩くんなら置いていね。婆が育てたるさけー。まっこんたらおかかばっかりで婿さんらも大変なこった。ほかの子らも居りたいだけおってらええんど」とみんなの前で布告した。
みんなで泳いだ最後の夏、私は初潮を迎えた。
帰る日、祖母は列の一番後ろを歩く私の手を掴み、
「ちぃー、母ちゃんもしんどいんやさけぇ堪忍してよ。あっほかの子には言うたらあかんど」とくしゃくしゃの千円札を3枚握らせてくれた。
あのまま田舎の子になっていたら…アハハ、きっとまるっきり違う人生を歩んでいただろう。
でも、夫となった彼に「ちぃーをどーぞ。よろしゅうおたのみ申します」曲がった腰を目いっぱい下げて言った祖母のうれし涙は見れなかったはずだ。私が最後に見たおばあちゃんの姿。この翌々年、私が産んだ息子の写真だけ、おばあちゃんは部屋に飾っていたってあとから叔母から聞いた。

時流れ、今は静かな毎日だけれど。
数年前、「障害を持つ人の暮らしを支えるホームヘルパー研修」に講師で招かれたことがある。その時、私を食い入るように見つめていた女性・Tさんとは連絡先を交換。後日、数人で食事をした。みんなのお口からはそれぞれ、家の愚痴や自慢話がでるでる。いい。いい!だから集まったんだもの。あの頃も今も実は少し苦手だけど、自分と価値観が違う人とのおしゃべりも集いも大事やなと思う。コロナ禍で人と気軽に会えなくなってからは余計にね。

Tさんには二人の娘さんがいるとのこと。Facebookには毎日作るキャラ弁や上の子とのツーショットがあがっている。「私、下の子がわからなくて…動きとか見れば見るほど何考えてるのかさつぱり…。実は千夏さんと同じ病気で…。で、昨日叩いちゃって」とだんだん小声になる。この瞬間小さい頃よく母に叩かれた謎が解けた。加えて、私がなぜ一人っ子だったかってことも。
Tさんは自分の想像していたものと違う生命の形に ただただイライラしているように感じた。
きっと母も…。
「こんなんでましたけど・・・どーかにこやかに出迎えてください」オギャーと言わない小さな命ほどそう願い誕生することを母たちは知らない。それは私もなんだけど。「私、千夏さんのお役に立ちたい」人の暮らしなんて、そう簡単に支えられるもんじゃない。経験とセンスと相性が必要だ。そんな私の腹黒い思いをまだ知らないTさんに「まっまたご縁があったらよろしくね。あっひとつだけお願いしていい?」「うん。いいよ」「下のお嬢さんも初潮を迎えたら、お赤飯、焚いてあげて。私も二人いたら絶対比べてしまうと。でも、その日だけは…」みんな女の子

 


第5回 母と暮せば その2(2020年11月2日)
第4回 母と暮せば(2020年10月15日)
第3回 悲しみごとも よろこび事(2020年10月1日)
第2回 この夏は
(2020年9月14日)
第1回 初めまして(2020年8月28日)

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福本千夏の本

障害マストゴーオン!
イースト・プレス

結婚、子育てと平凡で幸せに暮らしていたが、夫が癌になり死別する。絶望の中、主婦業を捨て就職するが・・・。
息子をはじめ、たくさんの人たちに支えられ、葛藤し、見つけた希望は・・・!?
脳性まひ者・福本千夏が挑む、革命的エッセイ! 

『千夏ちゃんが行く』
飛鳥新社

福本千夏さんの初めての本。
処女作とは思えないクオリティに編集さんが驚いたとか。
泣いて、笑って、恋をして。
一途、前向きに突っ走る!
清冽な生き方が胸を打つ、なにわのオカン、再生の物語。


 

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