■同い年だったんだよあのひとと■
(『週刊金曜日』連載「リブらんか」101回 2013年1月8日脱稿)
新年早々恐縮だけど、いったいぜんたい「尼崎事件」は実在したん? 談志の口癖じゃないが、イリュージョン。この現代に、これほどイリュージョンな話も珍しいんじゃないの? いや現代日本なりゃこそか。
装置1はマスコミの大誤報。主犯容疑の女として別人の写真を堂々と報道した。共同通信が皮切りで、主要紙媒体では朝日、時事、日経を除く新聞週刊誌が、テレビではNHKまでが大誤報の隊列に連なり、誤報された人物が訴えるまで間違った写真を流し続けたという。結局、警察発表の1枚が出て落ち着いたものの、それがまた、この世のものとは思えない人相だった。装置2は、もちろん事件そのもの。死体の多さ、現場の広さ、複雑怪奇な関係者たち、そして主犯とされる女の異常な人物像、それらが、いかにも警察発表の不足を彷彿とさせる水増し報道で入ってくるものだから、イリュージョンはいやがうえにも高まった。それでもね、私は期待してたのよ。今に事態が解明されるだろう、精力的な取材者がそれを伝えてくれるだろう、そして私は、私と同じ年のこの主犯容疑者が、やはり同時代を生きた同じ女だったと知るだろう、と。それが自殺? Tシャツで自分の首絞めただとぉ? 布団かぶって死んでたぁ? 同房者は気づかなかった…って、えええっ、あれほどの重要容疑者が独房じゃなかったのぉ? しかも何日も前から自殺をほのめかしてたってのに? おまけに看守が異変に気づいてから房内に入るまで、10分もかかったぁ? かくして幻覚は幻覚のまま消え去ろうとしている。
うわ、気色わるっ。留置処遇の問題点と自殺の不審を、ちゃんと取材報道してくれる事件記者はおらんのか。ネット見ても、大手はシンとしている。さもなきゃ「こういう自殺もありうる」との学説紹介。たまに論じていれば、「自殺は逃避で、贖罪の気配はない、けしからん」てな方向音痴(産経系だよ)。ネット右翼の分析が唯一精彩を放っている。「他殺に違いない」「在日マフィアによる殺人」「死んだのは別人、当人はカルト集団が逃亡させた」ふむ。しかし分析の土台がイリュージョンだからね。
このまま見過ごしたら、警察関係、ますます腐るんとちゃう? そういえば、あまりに警官の性犯罪が多いんで、採用試験にポリグラフ(ウソ発見器)導入して、過去のオコナイや嗜好を調べ、怪しい傾向のある者を発見してハネよう、という案が警察庁から出てるんだってね(8日、朝日)。感心する。原因は警察にある、とは考えないんだね。悪人が警官になって悪事を働くケースより、すっごく正義感に燃えた真人間が、警察に入ったおかげで犯罪者になる、というケースのほうが、想像しやすいけどなあ、私は。警察官なんて、過重労働だわウエには逆らえないわ慣例の隠し金しなくちゃならないわ暴力は自由だわワルとの癒着は必須だわ男尊女卑だわで、男警官がじわじわ犯罪に追いやられても無理ないよ。だから、この案に対して内部から「人権めぐり慎重論」が出てるというのも、的外れとちゃう? この案の第一の問題は、警察官の性犯罪を防ぐ効果はほとんど見込めない、ということでしょうに。次の問題は、この案の実施は、犯罪傾向は犯罪ではない、と飲み込んで、いやいや、あるいは恐る恐る、または進んで、その調査なしに採用している組織や企業の勇気ある姿勢を踏みにじり、その姿勢に応えている個人の努力を無にする、ということだ。警察がそんなことをしてはいけない。わかったか。