第282回 昆虫と考古学

佐古和枝(在日山陰人)

庭にチョウチョ!羨ましいです。街中ではチョウチョなど滅多にお目にかかれませんが、妻木晩田遺跡では、カラスザンショウにクロアゲハの集団が群がり飛びかっているのを見かけます。・・・といっても、黒くて大きいからクロアゲハだと思っていただけ。今回、千夏さんの写真をみて、いろいろいること、確認できました。
クロアゲハ、モンキアゲハ、カラスアゲハ、ナミアゲハ(みな黒いアゲハチョウ)は、カラスザンショウなどミカン科の木の葉が大好物なのだそうです。

カラスザンショウは、幹にトゲトゲがあるので、植物オンチのサコでもわかる数少ない木。カラスザンショウは、日当たりのいい場所を好み、土砂崩れや造成などで新しく開けた場所に、いち早く進出して成長する先駆種です。2000年前の妻木晩田遺跡でもカラスザンショウの種子がかなりたくさん出土しています。弥生人が妻木晩田の森を開拓した時に、はいりこんできたのでしょう。2000年前にも、カラズスザンショウのまわりでクロアゲハ達が乱舞していたのかな。

遺跡では、チョウチョは聞いたことがないですが、さまざまな昆虫遺体が出土します。昆虫は、日当たりのいい場所が好きな虫、暗い湿地が好きな虫など環境に応じた棲み分けや、草食・肉食・雑食などエサの種類によって細かく種が分化しているため、どんな昆虫がいたかによって、当時の人間とそのまわりの生活環境を知ることができるのです。
約3500年前の縄文晩期、京都大学の一部を含む北白川追分町遺跡では、マヤサンオサムシ、オオセンチコガネなど多くの森林性の昆虫遺体がみつかっています。樹液にくるコガネ類も多く、林縁や二次林的な明るい環境もあったことがわかります。スジコガネは針葉樹の存在を、ウバタマコメツキはアカマツ林の存在を教えてくれます。糞食性のオオセンチコガネやマグソコガネは、シカなどやや大型の動物が多かった証です。
こんなふうに、植物遺体が残っていない場合でも、虫の存在から当時の自然環境や気候がわかるんですね。さらに、形としては残らない人間の活動を教えてくれることもあります。

関西の代表的な弥生遺跡である大阪府池上曽根遺跡では、弥生中期の溝で、糞食性のマルエンマコガネが多数みつかりました。マルエンマコガネは、ウシやウマなど大きな動物またはヒトの糞に集まります。弥生時代にはウシやウマはまだいないので、この虫たちのエサはヒトのウンコとみてよさそうです。つまり、池上曽根遺跡の弥生人たちは、この溝をトイレ代わりに使っていたか、排泄物の捨て場にしていたということになります(^^;
愛知県で有名な弥生遺跡の朝日遺跡でも、弥生中期の環濠からマルエンマコガネ、オオマグソコガネなど108点の食糞性昆虫や、回虫、鞭虫(ベンチュウ)、肝吸虫などの寄生虫卵がみつかっています。縄文時代中・後期には食植性昆虫や水生昆虫が中心なのに、弥生時代になって人口が増えて、環境汚染が進んだようです。
遺跡で出土した昆虫化石の研究者である森勇一さんは、人間集団がもたらすゴミや廃棄物、糞尿など、人為的に汚染された環境を好むようになった昆虫たちを「都市型昆虫」を呼び、それが弥生時代に成立したことを明らかにされました。
きれいなチョウチョの話から食糞性昆虫へと、ずいぶん話が落ちてしまいましたが、昆虫の生き方は、人間の生き方の映し鏡。いま、昆虫だけでなく、多くの生き物が絶滅の危機を迎えており、地球の生き物の第6度めの大量絶滅期ともいわれています。そしてその原因は人類だと。まわりの生き物たちのこと、もっと気にして生きていかねばと思います。