新春特別企画 サコチナの土器鑑賞会 これであなたも土器メキキ!
第3回 縄文編その2

在日伊豆半島人=中山千夏
在日山陰人=佐古和枝

チナ お話を聞けば聞くほど、縄文土器のメキキになるのは、なるほど一筋縄ではいかないとわかりました。 でも、時代地域にかかわらず、ひとつひとつが個性的で、メキキとまではいかなくても、こうして少し知ってみると、なお作品としておもしろくなってくる。
サコ そうです。縄文土器は、見ているだけで楽しい。その楽しさは、弥生時代や古墳時代の土器の比ではない。リクツはさておき、その楽しさを満喫してください。
チナ そうしましょう。
サコ そもそも土器は煮炊きをする「お鍋」や、食べ物を盛る器です。でも、中期の土器をみると、なんでこんな形にしなきゃいけなかったの?っていうほど、形も文様も凝ってますよね。あんなお鍋、使いにくいったら、ありゃしない(笑)。
チナ 前回見た火焔土器とか中期のゴテゴテ飾った土器って、ほんとにお鍋に使ってたの?
サコ はい、煤やおコゲがついてたりしていますから。前回ごらんにいれた変テコ土器もそうですが、縄文人にとっての土器作りって、使い勝手とか効率の良さよりも、造形の意味というか、こういう形の土器を造ることで伝えたいメッセージ、みたいなものの方が大事だったんでしょうね。利便性ばかり追いかける現代人とは、違うものさしで生きていた気がします。
チナ ふ〜む、作品としては抽象芸術に入るみたいな。土偶の人間なんかでも、描写がピカソ顔負けでしょ。しかし単に縄文人は写実が苦手だったりして。

サコ と思いますよね。たしかに土偶は、人間離れしています。
でも、これを見てください。赤ちゃんを抱いているお母さん土偶です。中央は別の遺跡で出土した赤ちゃんの土偶。右は参考までに、これらより4000年ほど後の古墳時代の埴輪の母子像です。

土偶と埴輪は役目が違うからかもしれませんが、赤ちゃんを抱く母親の姿も赤ちゃんも、土偶の方が、伝わってくるものがありますよね。逞しいおっかさん土偶もあります。
チナ おおお、いいねえ、うれしくなる。

サコ 写実性ということでいえば、縄文後期のものですが、ほら。


新潟村上市上山

チナ わっ、本物の貝かと思った。 
サコ でしょ? 
チナ これ作るの、うんとムズカシイよお、超絶技工!
サコ ね!後期になると、いろんな生き物の土製品が登場します。なかなかやるでしょ?

チナ 写実的に作ろうと思えば作れる人たちだから、土偶はわざとあんな表現をしてるってことなのかな。
サコ そうだと思います。あえて人間離れした姿を表現した。神様というか精霊というか、とにかく「人ならぬパワーの持ち主」「人間を超えた存在」の表現だったのではないかと思います。
チナ なるほど、技術の問題じゃないんだ。おもしろいね〜

サコ 気になっているのは、土器や土偶のなかに、三本指の“人”がいることです。

チナ おお! 
サコ 縄文人は、数の観念はしっかりもっていますから、5本と3本の区別がつかないわけじゃない。意図的に3本指にして、人間ではないこと、つまり彼らがイメージする神というか精霊というか、“人ならぬパワーの持ち主”である、という表現をしたのではないか、と思ったりします。
土偶がたくさん作られていると、見た目にも賑やかで、なんだか文化が繁栄したような印象を受けますが、考えてみたら、それは「困った時の神頼み」状態だったわけですよね。どんな思いでこんなもの、作ったんでしょうね。

サコ で、話を戻すと、使いやすさよりも土器の形そのものに意味があるということで言えば、アメリカ原住民の人たちは土器は女性の体そのものだと信じているそうです。
チナ ほう。
サコ 土器作りは女性の仕事で、お嫁さんの第一条件は土器作りが上手なこと。
チナ 私、アメリカ原住民なら引く手あまただったかも。
サコ だはっ で、なぜかというと、お嫁さんが土器を上手に作れないと、せっかく獲った獲物や収穫物を煮たきして食べることができないからなんですって。食べものは命の元だし、新しい命を産む女性と重なるということなのかなと。
チナ ふむ。
サコ で、ね。これを見てください。中期には、中部地方で土器に人の顔を付けたものがたくさん作られます。その顔が、女性のようでもあり、幼児のようにも見えます。

下左は、出産の瞬間を表現したとされる有名な土器です。これがそうなら、右もそうかなと思います。右は、有孔鍔付き土器といって、酒造りか太鼓として使われたと思われる儀礼用の土器です。ここにも三本指が見えます。

チナ ってことは、縄文人も、土器を女性の体だと考えていたのかな。無事に産まれておいでっていう祈りのための土器?
サコ かもしれませんね。
チナ この縄文土器もやっぱり女が作ったのかな。
サコ そうだと思いますよ。
チナ 見てると縄文の女たちと会って話をしてみたくなる。どんな暮らしだったんだろうなあ。

≪後 期≫

サコ では、続いて後期の土器のおベンキョーに入ります。
チナ わ、サコ本領発揮。ほんとに勉強好きだね〜。始めた私がおたおたする。
サコ はい、走り出したら止まらないサコです。後期は、わりとわかりやすいので、ご安心を。
チナ ほっ。
サコ まず、中期の立体的な装飾が消えて、沈線文にかわります。ペタンとした感じ。
チナ 線が沈んでいるわけね、はい、わかりやすいっす。

サコ それから、磨り消し縄文といって、文様のところだけ縄文を残して、他は磨いて消すという手法が全国的に広まります。
チナ おおお、やっと全国共通のメキキ・ポイントがあらわれた!
サコ はい、縄文を使わなかった九州から、北は礼文島や千島まで。

だから、どこの博物館でも、磨消縄文の土器をみかけたら、「あ、縄文後期か」なんてつぶやいたら、横にいる学芸員が「お、さすが千夏さん!」と感嘆の声をあげることでしょう。ただし、土器メキキだと思われて、違う土器をいろいろ見せられた場合は、責任もちません(;^ω^)
チナ うわ、困るからやめとこう(笑)。しかしおもしろいなあ。磨消縄文は見た目も洗練されているし、わっと全国的に流行った。現代的。まさかチェーン店ができたわけじゃないだろうけど、なにか社会に変化があったのかな。
サコ はい、縄文後期・晩期は、「あれ、みんなどこに行っちゃったの?」っていうほど、東日本で遺跡が激減する時期なんです。実際、東日本から西日本に移住する縄文人も多くて、近畿や山陰で東北の土器や土偶が出土するし、後期の間に東の縄文文化の要素が九州でみな出揃うほどです。

チナ へぇ〜、そんな大変動の時期なんだ。でも、なんでまた?
サコ 教科書的にいえば、この時期、地球がちょっと寒くなります。狩猟採集民である縄文人にとって、寒冷化は食糧難をひきおこす大きな危機。一か所で大人数が生きてはいけないから、分散して生きるスタイルに変わったのだろうと考えられます。
ただ、あれほど自然を活かす知恵に長けた縄文人の社会が、ちょっと寒くなったくらいで、そんなに簡単に崩壊してしまうのかなとも思うんですけどね。
でも、やっぱり生きるのが大変だったのかなと思うのは、後期になると、前に紹介したような生き物の土製品とか、土器にも動物の表現が増えるんですね。生き物たちも頑張って生きろ!っていう願いなのかなと。また、女性の体を強調した土偶や男性のシンボルである石棒も、後期・晩期に増えるんですね。これも、新しい命が生まれてきて欲しいっていう願いが高まったということでしょう。

チナ 宇宙人みたいなやつは?
サコ あれは、縄文晩期の東北北部に特徴的な土偶です。

後期・晩期には東北・北海道でも、土器に人を表現したものが増えます。


右端は、急須の注ぎ口みたいなものがついているので、注口土器と呼ばれるものですが、この注ぎ口が、男性のシンボルではないかという見方があります。注口土器も、後期・晩期に関東から東北、北海道に増える土器ですね。

そんなこんなをみていると、縄文後期・晩期は、生きること自体がそれまで以上に大変だったのかなぁという気がしてきます。
チナ 驚いた、現代の急須と変わらないのもあるんだ。急須の歴史は長いのだなあ。注ぎ口は、そうか、男性のシンボルか。この顔がついたやつ、一見して、あ、オチンチンついてる、と思った。
サコ へえ〜、さすが千夏さん、そっち方面のメキキはばっちりですね、わははは。サコは最初はそういうふうには……でも、石棒はたくさん作られているし、土偶にもおおらかに性器の表現をしたものがあるし、いろいろ見ていると、土器の注ぎ口もそうかなって思えてきます。

チナ おし、縄文後期が大変動の厳しい時期だということは、わかった。で、次は弥生?
サコ その前に縄文晩期が残っています。
チナ あ・・・は、はい!
サコ いよいよ最後の縄文晩期なると・・・
チナ あわわ、晩期は回を改めてということで。
サコ そうしますか、ほ。
チナ ほ。

(次回に続く)