第229回 おんな三人よれば落語?

中山千夏(在日伊豆半島人)

え〜いっしょうけんめいのお話でございます(桂枝雀ふう)。
前回の年頭特別企画でご紹介いたしましたとおり、暮れにオオタスセリさんのお話をうかがいました。その際、雑談もいっぱいしたのでございます。ええ、なにしろ女の寄り合いでございますから、うふ、かしましいン(三遊亭圓生ふう)。
そのなかで、落語の話があってね、これがなかなか面白いってんだね。うん。女ならではの落語談義とでもいうか。いいじゃない、聞こうじゃねえか(立川談志ふう)

というわけで…

チナ「スセリちゃんは、大学のオチケンに入って、で、落語に魅入られたのが芸人への入り口だったんだよね」

スセリ「はい」

チナ「私も好きでね、落語。でも寄席通いするほどじゃない。最近は、お囃子の恩田えりちゃんの話を聞いても、ヘビイな落語オタク女子が激増してるんで、おもしろいなあと」

サコ「ほほう。やはり大学のオチケンが女子を入れるからでしょうか」

チナ「あ、それは大きいかも。入部を誘う男子の思惑は違うかもだけど(笑)」

スセリ「恩田えりさんもオチケンからですしね。最近の女性の噺家は、たいていオチケンからですね」

チナ「だからね、女性噺家も増えたし。しかも、うまくやってる。いやあ、待ってると世の中、変わるもんだ」

スセリ「ええ、創作落語が多くなりましたね、女性用のが。私も落語やるんですけど、古典でも私のは主人公よりか、サイドに出てくるオクサンをきっちりやったりとか。親子酒という、酒好きの父親と息子が禁酒の約束をする話で」

チナ「ああ、両方で約束破って、酔っぱらったオヤジが息子に、もう家はやらない、って言うと、息子が、こんなぐるぐる回る家なんかいらねえや、って言う、あれね」

スセリ「そうそう、あれなんかでは、冷たいオクサンやるんです、(そっけなく)あなた息子が戻りましたよ、とか(笑)」

チナ「あ、今も落語やるの?」

スセリ「ええ、プロの噺家さんの前ではやらないですけど、自分の会なんかではやります。やっぱり失礼かなと思うので、プロのかたと同じ所でやるのは」

サコ「なるほど」

チナ「落語家がよく自殺するでしょ」

スセリ「よく?ってことはないと思いますが、はい」

チナ「それも立派な落語家。それがみんな古典なのよ」

スセリ「ええ、枝雀さんとか三木助(4代目)さんとか。私はふたりともお会いしましたけど。マジメですよね」

チナ「うん、うん。それから自殺はしないけど、ほら、こわれちゃった、談志なんかは」

スセリ「ううううむ」

サコ「こわれちゃったんですか!」

チナ「うん、晩年はだいぶこわれてたね。やっぱりマジメなのよ。晩年のドキュメンタリー見たんだけど、もう落語で頭がいっぱい、朝から晩まで落語。たぶん枝雀も三木助もそうだったんじゃないかな」

サコ「それはおかしくなっちゃいますね」

チナ「それが古典でしょ。マジメに考えてたら、死にたくなるんじゃないの。話の内容がさ、無い世界なんだもの。親子関係だって今は違っちゃってるし。一番でかいのは、郭噺でしょう。いくら古典だっても、今は違法だから、そう底抜けに楽しくはできない、みたいなね。そこんとこで、彼ら、かなり悩んだんじゃないかと思う」

スセリ「古典っていっても、その時代時代で積み重ねて語ってくもんだし、古典も昔のままではないでしょうし」

チナ「そうそう、だいぶ変わってるよね」

スセリ「だから無理に残そうとしても残らないもんだと思うんですよね。庶民の娯楽ですから。残すためにあるもんじゃないし、芸能は。そこは、ライブラリーにしたり説明したりして、すごくがんばってらっしゃるな、と思ってたんですけど」

チナ「悩みは深かったんじゃないかと思うな。だって彼らは、古典が好きで落語家になってるわけ。そこが一番辛いところよ。そりゃ、世情に連れて落語は変わっていくもんだっていってもさ、好きなんだから、古典が」

スセリ「ふむ」

チナ「で、好きだってことは、私に言わせれば、郭なんかに憧れてるわけよ、すごくね。それがまた落語の世界では古典が、ま、中心というか真髄みたいになってるでしょ。だから私は古典も含めて落語、好きではあるんだけどぉ、ダメだなと思う。そこが変わってこないとさ。談志の『文七元結』にしても『芝浜』にしても、枝雀の『宿替え』にしても、いいカミサンなんだよね、ばか亭主を大事にしてさ、実に微笑ましい感動的な夫婦関係をふたりとも見事に演じるじゃない。けど、それは古典の枠に収まってるからいいんでね、現代にあの関係を持ってきたら、とても笑ったり感動したりできないよ。でもさ、郭とか関白亭主とかを、とっても面白楽しくなんの憂いもなく語れていた時代が、つい、最近まであったわけよ。それがさ、私たちの運動で…」

サコ・スセリ「わっはっはっは」

チナ「ははは、楽しく話せなくなっちゃったのね。話しにくい世の中になっちゃった」

スセリ「基本的に郭ってのは、ひとりで行くってのがあんまりないんですね」

チナ「そうそう」

スセリ「わああっと、みんなで行くかって。ま、みんなで風俗いくかって話なんですね。行ってネエチャンきたか、こなかったかとか。身上つぎこんじゃったとか、そういうお話が多いんですよね」

チナ「だからさ、やっぱりウーマンリブが落語に与えた一撃は大きかったと思う」

サコ「ほんと、そうですよねえ」

チナ「だって、スセリちゃんが言うように、郭噺は、おいみんなで風俗いくか、という話で、それを今、実際そういうことをやってもいるんだけど、落語でやったら(笑)」
スセリ「問題になりますよね」

チナ「放送禁止は確実だね」

サコ「歌舞伎でも郭の話がありますよね、あれはあれで楽しめるんだけど。でも、そういう道徳的な面では、ちょっとなあ、マズイよねという…」

チナ「歌舞伎は完全に古典冷凍されてるから、支障ないのよ。まるごと国家冷凍庫のなかで。いまだに女は見てるだけーだし」

サコ「ああ、そうか。歌舞伎ははっきり古典だから、現代の倫理とは切り離せるわけか。落語は古典を保存するのではなく、世情に合わせて現代に生かしたいという、そこのところで問題が出てくるんですね」

チナ「そうそう」

サコ「実は、落語やコントはあまり馴染みのない世界なんですけど、前回からスセリさんの話を聞いてきて、通じるところがあるなあ、と思いました」

スセリ「ほうほう、それはどういう?」

サコ「落語も考古学も、男性社会だということです」

チナ「そうだよねえ。日本では、女性考古学者は稀少生物。基本が山野での掘削作業だから(笑)」

スセリ「あ、そうか」

サコ「でね、仕事し始めた頃、ちょうど土井たか子さんが書記長になって女性ブームが始まったりしたもんで、オンナってことで珍しがられて、よく仕事がきました。私も、最初は、オンナを売り物にするつもりはない!と、反発してました」

スセリ「わかります」

サコ「もちろん、まもなく全然お〜け〜路線に転向しますが(笑)」

スセリ「わかります」

三人「わっはっはっはっは」

チナ「しかしともかく、客席にも高座にも女が増えたということは、大きな利点になるんじゃないですか。郭噺も夫唱婦随もピンとこない現代女性が、落語をどう解凍していくか、楽しみだなあ」

サコ「スセリ落語も期待できますね」

スセリ「おう、まっかせなさーい!」

チナ「ええかげんにせえ!」

サコ「そりゃ漫才やがな」

三人「ええ〜お後がよろしいようで」

(おしまい)