連載200回記念!特別企画 サコッチ放談・後編

在日伊豆半島人=中山千夏
在日山陰人=佐古和枝

サコ ところで、千夏さん!
チナ は、はいよ
サコ 一度聞いてみたかったのですが、なんでまた古事記にハマってしまったんですか?
チナ 自分でもわかんない(笑)。言えば理由はいろいろ言えるけど、みんなアトヅケだなあ。ふと、読んでみるか、と思った、というのがいちばん正直な線なのよ、我ながら説得力ないけど(笑)
サコ はあああ・・・「ふと」ですかあ・・・そういうことで古事記に取り組むひとも珍しい。
チナ 怒涛の国会から解放されて呆然としていた心に、古事記の怨霊がとりついたという感じね。
サコ でも、よく一人で読みこなせましたね。
チナ 虚仮の一念とはこれか、と自分でも思った、ははは、漢文古文古典の素養がまるで無いから、精通するのに3年くらいかかった。
サコ もともと古代史に興味があったんですか? なにか、きっかけででも?
チナ 70年代の初頭にやってたテレビドラマに『お荷物小荷物』というのがあってね。その脚本書いてた佐々木守さんが騎馬民族説の大ファンで、よく話をしてくれたの。本も推薦してくれたりして。それで、ちょっと読むようになったの。それから、ウンドウで知り合った学者の何人かがまた古代史好きでね。ドイツ文学の鈴木武樹さんとか哲学の山田宗睦さんとか。実は森浩一さんと最初に会ったのは、武樹さんの紹介だったのよ。彼らのオススメを齧ってたですね、70年代に。だから、森浩一、門脇禎二、それに古田武彦なんて先生の本。で、そんな読書のなかで、そういえば古事記っての、教科書で見たなあ、へえ、そんなこと書いてあるの、と注目したということはあるね。
サコ なるほど〜。んで、90年代末になって古事記にとりつかれて・・・本を書かれたのがキッカケで、考古学や古代史のシンポジウムに呼ばれるようになったんでしたよね。
チナ そそ


サコ 千夏さんと初めて会ったのは20数年前、佐賀県の吉野ヶ里遺跡の保存が決まった後の初めてのシンポジウムの時でした。私は、お師匠さんの森浩一先生のお供でついて行って雑用係をしてました。
チナ その後に、福井県の丸岡町が新設した「振姫文学賞」ってのの選考会があって、森浩一さんが私を選考委員に誘ってくださって。サコちゃんともうんと親しくなった。
サコ そうでした。
チナ 振姫文学賞は楽しかったね! 2、3年で終わっちゃったけど。あの時もサコちゃんはまだ学生サンって感じで、森浩一さんの助手やってたよ。そうだ、私、これで門脇禎二さんと知り合ったんだ。
サコ 黒岩重吾先生もご一緒で、千夏さんに「はやく直木賞をとれ!」って、檄をとばしていましたね。
チナ ははは(^_^;) それから、考古学関係の先生たちとたくさん知り合うようになった。たいていサコちゃんといっしょだったよね。最初は森浩一さんのお声がかりが多かったし、サコちゃんが一本立ちしてからは、直接、シンポや見学会に誘ってくれて。
サコ 私はたいしたお役にたっていませんが、すでに名前があがった先生達以外にも、考古学では故・佐原真先生や金関恕先生の両巨頭、中世史の故・網野善彦先生など、千夏さんは日本の最高峰の先生達と一緒に仕事をしてますもんね。大先生たち相手にいつも堂々とモノを言う、カッコいいです。
チナ いや、知らないから平気でいるだけよ。仲良く飲んで騒いだあとで、ギョーカイの大物だった、と知ることがほとんど(笑)。時すでに遅し、いまさら態度変えられないし、でそのまんま。
サコ あはははは。酔っぱらって森博達先生にヘッドロックしましたよね〜。先生、嬉しそうでしたけど。


振媛文学賞の審査会で(1992年)


チナ それにしても、考古学とか古代史の研究者って、オトコだらけだよね。
サコ はい。私が若い頃はオンナは稀少動物でしたが、最近は発掘現場を指揮する女性の文化財担当者は珍しくなくなったし、いい仕事していますよ。
チナ それは、よかった。最近、どんな分野でも、指導的な立場に女がぐんと増えたな、と実感することが多い。それでも女の社会進出では世界で百何十番目という体たらくだけど。上位の外国は国レベルでがんばった結果だよね。日本はぜんぜんがんばらない。だから今の進出は女のがんばりだけで達成しているようなもんよ。以前はもっとひどかった。私が若い頃、学ぶには男に師事するしかなかった。私なんか小学校と女子高と声楽を例外として、なんでもかんでも男から教わってる。この恩は海より深いからね、しっかりアダで返してるの(笑)
サコ たははは(^^ゞ 私だって、そうですよ。まわりはオトコだらけだったもん。艱難辛苦を耐え忍び、しつこく生き残ったから、いまがある(^_^;) 考古学の仕事をし始めた頃に、土井タカコさんが社会党の党首になってオンナの時代とか言われるようになって、「オンナでコーコガク?」って、珍しがられて仕事の依頼がくるようになりました。当時は、オンナを売り物にしてるわけじゃない!って腹だたしくて情けなくて・・・でもまぁオンナであるのは事実だし、生活かかってるし・・・ってモヤモヤしていた頃に、千夏さんに出会えて、ほんとにラッキーでした。オンナでいいんだって、肚が座った。
チナ 古代にも女と男がいるんだから、研究にも女の視点はぜったい必要だよ。
サコ 吉野ヶ里のシンポで千夏さんが書いてくれた色紙のセリフですね。
チナ なんて書いたっけ?
サコ 「おとことおんな、あわせて人間」
チナ ああ、それね。あのころからよく書いてるやつだ。
サコ    いまも部屋に飾っています。
チナ 恐縮でやんす。
サコ あ、1990年11月19日って書いてある。で、1992年の振姫文学賞があり、1993年から始まった丸岡町の「一筆啓上賞」や愛知県春日井市の古代女性のシンポジウムや、いろいろなところでご一緒させてもらい、そして1997年、私が妻木晩田遺跡の保存運動を始める時に、「一筆啓上賞」の仕掛け人・丸岡町の大廻さんと千夏さんと3人で座談会をやって、ど〜んと背中を押してもらいました。
チナ そうだっけ。


サコ あの時、遺跡の保存にむけて「一筆啓上」メッセージを募集したのですが、千夏さんが書いてくれた文章は、考古学界の歴史に残る名言だとサコは思っています。
チナ え?何って書いたっけ?(笑)
サコ 「自然と、そして長い長い時間とが映してくれた、私たちの祖先のスナップ〜それが遺跡です。ポラロイドなので、ネガはありません。どれもが唯一のスナップ。破り捨ててしまったら、二度と見ることはできません。ちょっと場所はとるけれど、大切にとっておけば、何度でもみんなで見て、新しい発見を重ねることになるでしょう。あなたは家族の写真をどうしていますか?そしてわが町の遺跡をどうしたいと思いますか?」
チナ ほほお、いいね! 覚えがぜんぜんない(笑)
サコ 東北の震災の時、被災者の方々も救援に行った人達も、泥まみれになった写真やアルバムをとても大事に回収していましたよね。あの時、千夏さんのこの文章が思いおこされました。家族写真は家族の歴史の証拠であり、遺跡はまちの歴史の証拠だと。
チナ やっぱサコちゃんは研究者だわ。ひとの言ったこと、整理して保存してるもん。うっかり言えないなあ(笑)
サコ いえ、ほんとですよ。遺跡はなぜ残さねばならないかと問われた時、どう答えればいいかというのは、考古学徒の永遠の課題です。こんなにわかりやすく、かつ遺跡保存の理念を言い尽くした文章はないとサコは思います。千夏さんは、原発のリクツも、人権の話も、死刑廃止論も、古事記も、ブルトーザーみたいにガシャガシャガシャ〜っと難しい言葉をかみ砕いて、フツーの言葉で誰でもわかるように、しかも的確に千夏語に翻訳してくれる。これが千夏さんのすごいところ。
チナ そうか、私はブルドーザーかあ、だからどうも最近体が重たい(笑)
サコ インタープリターっていう役割です。
チナ えっ、今度は印刷機なの?
サコ ??!またぁ〜(><)プリンターじゃなくてプリター(笑) 解説者ではなく、解釈してくれる人っていえばいいかなぁ。これ、とても大事な仕事だと思います。
チナ それはそうだと思う。民主主義社会というのは、原子力から歴史から政治まで、一般の人が知識を持っていて、自己決定していく社会でしょ。専門家がギョーカイ用語で難解に語っていては、一般人に知識はまわらない。インタープリター?それ大事だよね、私にできてるかどうかは別として。
サコ 立派にできてますっ。これからも、いろんなコトを、千夏さんの目と脳ミソと言葉でかみくだき、私たちに教えてほしいなと思っています。
チナ は、はいっ、がんばりまっす! 死なない程度に(笑) サコちゃんも、市民と歴史の橋渡し、よろしくね。
サコ はい、がんばります!
チナ このコラムもえんえん続けよう!
サコ おう!


チナ てなわけで、200回記念特集サコッチ放談はおしまい。
サコ サコでした。
チナ チナでした。
サコ ふたりそろっておんな組。
チナ ひとりになっても・・・
二人 おんな組!(笑)


妻木晩田遺跡の保存決定直後のシンポジウム(1999年)