第152回 ■向きあう相手は・・・■

佐古和枝(在日山陰人)

吉野ケ里、楽しそうでしたね。最近の邪馬台国論争は、纒向遺跡に話題が集中していますが、大和一辺倒ではツマラナイから、吉野ケ里にも頑張ってもらいたいものです。

研究者の裏の顔について、千夏さんの研究者ウォッチングは、まさに仰せの通りです。わが国では、遺跡の発掘調査や保存・活用は、行政との関わりを抜きにはできないために、いろいろな事情が発生し、学問的見地より立場でモノを言わねばならない場面があることは事実です。それについて書こうとすると、あちこちに差し障りが発生しそうなので(;^ω^)、ここでは邪馬台国論争について(;^ω^)

たしかに邪馬台国の所在地論争で、ガチンコに激論を交わすということは、あまりないかもしれません。千夏さんが看破したように、本音はどっちでもいい・・・というか、邪馬台国より自分の専門分野の研究に専念したいと思っている研究者は多いと思います。

また別の理由を考えてみると、どちらも内心では「九州説なんて、アホや」とか「大和説なんて、あり得ない」という固い信念をもってはいても、どちらも決定的な証拠がないことや手痛い弱点があることもわかってる。だから、お互いに、壇上の相手側を説き伏せようなんて、最初から思ってない。学問上の見解の相違は、あって当然なのですから。
それよりも、自分の説がどれだけ来場者・市民の皆さんの支持を得られるかというところで、研究者として勝負しているのだと思います。そして、会場の反応をみて「自分の方がイケてたな」と思ってニンマリする。それで充分なのです。そんなところで、「ガチンコ激論にならない」って印象が生じるのかなとも思います。

「何がみつかったら、邪馬台国問題は決着するのですか?」とよく尋ねられますが、決着なんか、永遠につかないんじゃないかなぁ。かりに、卑弥呼の金印が北部九州で出土したら「途中で落とした」とか言われそうだし、大和で出土したら「あとで奪われた」とか言われそうだし(~_~;) ま、両者の言い分を聞いて、どっちにより妥当性があると思えるか、それぞれに判断していただくしかない。そんなふうに市民の皆さんも参加できるから、邪馬台国は魅力的!ってことにしておいてください。

それにしても、「同じ釜の飯を食う」仲間の親しさが、ナレアイになっては困ります。その典型が、旧石器発掘ねつ造事件だといえるかもしれません。責任追及の矢面に立たされた岡村道雄さんも本を出されましたが、奇しくも時を同じくして、ねつ造事件の検証作業を率いた同志社大学の松藤和人先生も『検証 前期旧石器遺跡発掘捏造事件』という本を出されました。サコはまだどちらも読んでいませんが、両者の意見を聞くことは大切だと思います。この問題は、「同じ釜」感覚が通用しない深刻さを抱えていますが、なんとか「雨降って地固まる」となってもらいたいものです。


纒向遺跡でみつかった「大型建物跡」