第139回 ■イノシカチョウの里は呑気■

中山千夏(在日伊豆半島人)

クロアチアですかあ!
きれいなところですね、写真見ると。
行ったことない。聞いたことはある。でも、どこにあってどうなっているのやら、さっぱりわからん。

こういう機会に知るのが楽しい(^o^)
で、勉強した! 半日だけど(^_^; しかも知人がくれた「Microsoftエンカルタ総合大百科」をざらざらっと見ただけだけど(^_^; でもこれ、簡単お子さま勉強にはいいよ。国歌まで聞けるしね。

くたびれた。
結局、我々世代は「ユーゴスラビア」の名に慣れ親しんでいた国家、ちょっと前の世代のインテリなんかは「チトーの共産主義」で親しんだ政治、その歴史の凝縮を見ちゃったわけで。
なにが疲れるといって、「人」と「国」の錯綜に疲れる。
セルビア人、クロアチア人、スロベニア人、マケドニア人、それだけでも目が回るのに、ムスリム人なんてのまで出てくる。宗教も「人」になるのかあっ?!
いろんな自治州、共和国、連邦、帝国におたおたしてるところへ、ダルメチアなんて地域まで出てくる。
一時間も覚えていられないです(T-T) ま、その必要もないからいいけど。

佐古センセにいただいた論文『「日本人」を考える』を読んで思った。
民族は、明確に規定できない。だから「民族の自覚」は、思い込みに等しいと言っても過言ではなく、それをアンデンティティの基礎に据えることは、「よいこと」に寄与する限りにおいて、よいことである。他国を侵略したり、他人を抑圧したりする民族の自覚は、悪い思い込み以外のなにものでもない、と。
そんなことをまた思わせるクロアチアのニワカ勉強でありました。

私の方は、潜伏期間とでもいうか、じいっと伊豆にこもる毎日。新著にとりかかってはいるけど、例のごとくのんびり。
やっといい気候になって、我が家周辺花咲きみだれ、隣村ではイノシシ出現の噂あり、うちにはシカの声が響き、昨日からチョウチョウが舞いだした。イノ・シカ・チョウそろってる、はははは。と言っても、花札知らないひとには、なんのこっちゃでしょうが。

先月の初めころからかな、夜間に、鳥のような、しかし鳥とはいくらか違うような、動物の鳴き声がするようになった。
む、これはもしかすると、「奥山に紅葉ふみわけ鳴く鹿の・・・」かもしれない、と思った。
すぐネット。ネットはすごいね、鳥の鳴き声を集めたサイトがあるのは知っていたけれど、鹿の鳴き声も、ちゃんとアップしてくれているひとがいる。それも複数。(ちなみに、上記の大百科にも「動物の鳴き声」があるけれど、貧弱で使い物にならない)。

さて、奈良公園の鹿の声は、うううむ、「おれのと違うなあ」(テレビ観すぎ(^_^;)
「奥日光 湯川の雌鹿の鳴き声」というのがビンゴだった。

録音者によると、ホンシュウジカの雌が警戒時に発した鳴き声だとか。

鳴くのは夜。やはり夜行性なのね、と納得したのも束の間、昨今は、昼間もよく聞くようになった。それもごく近い。庭のアマギアマチャの新芽が無くなったのは、やはりシカくんの仕業か。農家の被害は大変だろうな。
などと思っていたら、さっき、大きな銃声が三発。やられたな、と思った。
その後すぐ帰宅した家人によると、うちの横の川岸を、猟友会が仕留めたシカを運んでいたそうだ。
銃声が戦争ではなく狩猟を連想させるここは、世界的に見て、呑気このうえない。