第108回 ■日本海が繋ぐ倭と韓■

佐古和枝(在日山陰人)

ふひぃ〜、新年最初の出番だというのに、遅刻しました(+o+) いま大学は試験期間に突入しており、日ごろズボラ教員のサコもさすがに緊張モードです。

さてさて、牛の話から天日矛が登場しました。天日矛って、ほんとに不思議な伝承ですよね。『古事記』では千夏さんの書いたストーリーが書かれているのですが、『日本書紀』には大加羅王の子ツヌガアラシトという名前になっています。んで、大加羅国と新羅は仲が悪いってことも書いてます(^_^;) そして、その話に続いて、新羅王の子天日矛が新羅のご神宝をもって倭に来て、住み着いたことになっている。うむむ〜、ややこしい。どうも伝承に手が加えられているようで、天日矛とツヌガアラシトの関係はよくわからないけど、よーするに朝鮮半島のクニの身分の高い若者が倭にやってきて住み着いた、という話ですよね。そんなことが、実際にあったのか? はい、ないこともないんです。

5世紀以降いちばん倭と仲良しだった百済の王たちは、しばしば弟や息子を人質として倭に送っています。有名な百済の武寧王(502〜523)も、父親(のちの東城王)が若い頃に人質として倭に派遣される途中、臨月だった妻が筑紫のカカラ島で出産した子だから「シマ王」と呼ばれました。
百済がなぜ倭に人質を送ったかというと、朝鮮半島では百済・高句麗・新羅の間で戦いが繰り返されていたので、百済は倭から軍事援助を受け、その見返りとして学者や技術者を倭に派遣しました。そういうギブ&テイクの関係のなかで、仏教や暦も伝えられ、倭の文化・技術が育っていったわけです。もっとも、百済の場合は公式な外交戦略としての人質派遣であるのに対して、天日矛やツヌガアラシトは妻を追ってくるのですから、私的な渡来ですけれど。

天日矛もツヌガアラシトも、垂仁朝のこととして書かれています。垂仁朝は、4世紀。百済との国交が始まる以前は、縄文時代以来ずっと往来していた洛東江下流域の加羅(伽耶、任那)と仲良しでした。いまの釜山とか金海あたりで、加羅(伽耶、任那)はその地域にあった小さな国々の総称です。

最近、この地域と倭との関係で、おもしろいことがわかってきました。
有名な高句麗の好太王碑文のなかに、400年のこととして倭軍が新羅城に満ちていたが、高句麗・新羅軍が敗退させ、そのまま加羅まで攻め込んだと記されています。新羅から圧迫されていた加羅を助けるために、倭軍が奮戦したんです。
この好太王碑文の記事、「ほんまか?」と疑う研究者もいました。ここの倭というのは、日本列島ではなく朝鮮半島南部の人々ではないのか、とかね。でも、ほんまだったようなのです。近年、4世紀から5世紀前半にかけて、加羅の国々の王族・有力層の墓とされる3つの古墳群から、倭特有の武器類その他の品がまとまって出土していることから、倭軍が出兵した時のお土産だろうと考えられています。

記紀でいえば、4世紀後半にあたる部分は、系譜が大きく操作されたり、唐突に神功皇后の朝鮮出兵伝承があったりなどして、よくわからないところですよね。とくに神功皇后の朝鮮出兵なんて「あり得ない!」とみられていました。もちろん、神功皇后が朝鮮半島を統一したなんて話はあり得ないことですが、その頃に朝鮮半島に出兵していたという事実はあったわけです。仲良しの加羅を助けるための出兵です。記紀伝承は、後の時代に作られた部分もあるけれど、まったく事実無根の作り話なのではなく、脚色されているとはいえ、なにかしら元になる事件や事実があるとみるべきだということですよね。

加羅のなかの大伽耶国の王族級の墓地とされる池山洞古墳群は、倭系の品を出土する古墳群の1つです。そこから出土した金銅製の冠とよく似たものが、福井県坂井市(旧松岡町)の二本松山古墳(前方後円墳)から出土しています。千夏さんも縁の深い継体天皇の母振媛の故郷であり、越の国の代々の王墓とされる古墳のひとつです。金銅製冠は、朝鮮半島の支配者の礼装です。『日本書紀』には、ツヌガアラシトというのは「角がある人」という意味だと書かれていて、それは王冠をかぶっているという意味ではないかという研究者もいます。もっとも日本列島では、金銅製の冠は、ツヌガアラシトが来たという垂仁朝よりずっと後の5世紀末頃に登場するもので、二本松山古墳が金銅製の冠を副葬したもっとも古い古墳の一つです。つまり、大陸の流行をいちはやく導入しているわけですね。
天日矛は但馬国、ツヌガアラシトは長門国穴門から出雲をへて、越国角鹿(敦賀)にきており、彼がきたから「ツヌガ」という地名になったと説明しています。天日矛とかツヌガアラシトでなくても、日本海側にはこうした渡来人たちが大勢来ただろうと思います。日本海は、大陸と日本列島を隔てているのではなく、繋いでくれているんですね。日本海側は、まさにその玄関口。長文で、ごめんなさい<(_ _)>