あんなこんなそんなおんな・・・・・昔昔のその昔 第48回

■絹織物は誰が喜ぶ?■

佐古和枝(在日山陰人)

卑弥呼は教科書に登場するほど後世に名を残しましたが、世の中を支え歴史を築いてきたのは、私達みたいに歴史に名前も残らない、数え切れない一般庶民でありました。誰のおかげかわからないけれど、弥生時代には、米作りだけでなく、青銅器や鉄器、ガラス製品など、新たな技術が伝わって、社会が大きく変化しました。その新たな技術の一つに絹織物があります。
絹織物の発祥は、中国です。漢の時代、紙と絹の製法は国家秘密となりましたが、幸いなことに日本列島には、それ以前に伝えられました。
縄文時代には、麻やカラムシなどの草や樹木の繊維から糸を作り、布を作っていました。そういう植物性の布に比べて、絹は軽くて保温性が高く、なにより艶があって美しい。絹の衣装は、弥生の女性達の心をくすぐったことでしょう。
植物から糸を作るのは、とても手間のかかることでした。一着の貫頭衣分の糸を植物から作るには、1日8時間働いても1ケ月以上かかるそうです。けれども、絹はカイコさんが糸を作ってくれます。絹と共に、機織り道具も伝わって、布作りにかかる手間と時間も大幅に軽減されました。
世界的にみても、歴史を通じて織物製作は女性の仕事です。弥生の女性達は、絹が美しいということだけでなく、労働量が軽減されたことを喜んだと思います。
絹織物を歓迎したのは、女性だけじゃないのかも。「中国で、なぜ絹織物が珍重されたか、知っていますか?」と、中国の歴史で著名な某先生(男性です)。「絹織物は薄いでしょう?光の具合で、体の輪郭が透けてみえるのです。だから、中国の皇帝は、気に入った女性に絹織物を着せて、喜んでいたのです」こらこら、セクハラ発言(^_^;)これが本当かどうか、サコは責任もちません。
現代女性は、べつにオトコのためだけに化粧やオシャレをしているわけじゃないと思うけど、女性が美しく着飾れば、男性が喜ぶのは世の常か。女性は人間扱いしないのかっていうほど男性上位の古代の中国では、あり得る話かなっていう気もします。現代に生まれて、よかった!

機織り(画/早川和子)