あんなこんなそんなおんな・・・・・昔昔のその昔 第26回

■恥ずかしいと思うこと■

佐古和枝(在日山陰人)

うわ〜、もうこうなったら千夏ねえさんの独壇場。「人間とは」という千夏流の定義を教わって、心がふうっと広がった気がします。
さて、この話を受けて、モノがないと何も語れない考古学徒はいったい何をお話すればいいものやら・・・困ったなぁ(^_^;)
女だけじゃなく男の繁殖力も信仰の対象になっていたのが縄文時代。縄文人が作った小さな土人形「土偶」のなかには、女性の豊満な肉体を強調したものや、妊娠した姿を表現したものが数多くあります。女性の産む力に、いろいろなことを祈ったのでしょう。一方、考古学で「石棒」と呼ばれるものは、石で作った男性のシンボル。大きなものは高さが1m以上もあって、お墓や祭りの場で、空に向かってニョキニョキ立てられたりしています。こちらは男性の産ませる力に、生命の再生などいろんなことを祈ったのでしょう。
こうした男女の性を意識したモノは、弥生時代になり稲作農耕が始まると、不思議なように消えていきます。なんでかなぁ。もしかすると、縄文人達に稲作を教えた儒教育ちの渡来人達が「そんな恥ずかしいこと、やめなさい」と言ったのかしらん。
そういうことを恥ずかしいと思うことが、西洋や中国でいう「文明」とか「教養」なのでしょう。だけど、日本列島ではどうだったのか。いまでも田植えの時の伝統的な祭りには男女の模擬セックスの所作がおこなわれたりしますよね。儒教の影響を受けているとされる『古事記』や『日本書紀』にだって、かなりおおらかな男女の描写があります。きっと日本列島の住人達は体質的に、人間が作った原理原則よりも自然界のルールに生きる人達だったように思います。だから、表向きは「文明人」みたいな顔をしながらも、縄文人のおおらかな心は生き続けていたんじゃないかな。